本の覚書

本と語学のはなし

『花のノートルダム』


●ジュネ『花のノートルダム』(中条省平訳、光文社古典新訳文庫
 現代版『サテュリコン』*1。しかし、同性愛と犯罪を賛美してはいるが単なる悪漢小説をはるかに超えて、おぞましくもあまりに美しく純粋な童話が紡ぎだされる。蚕の糸は常に現に吐き出され、我々もまたその繭の内に絡め取られていく。


 読んでいると自分にも小説が書けそうな気がしてくる本がある。この程度の本なら何とかなるということではない。私にも書くよう促し、書き方を教えてくれるような仕方で、イメージを喚起する小説があるのだ。
 私にはジュネが書いた題材と手法を引き継ぐ能力はない。それにもかかわらず、何か書けそうな気がしてくる。実際には何も書かないだろうけど、ジュネの開く比喩の扉の中に私も足を踏み入れることができるような気がしてくるのである。


 昔から気が付いていたことではあるけど、ジャン・ジュネのヴァージョンであれヴァージニア・ウルフのヴァージョンであれ、どぎつく鮮烈なやり方だろうと隠微で奥ゆかしいやり方だろうと、私は同性愛の物語が好きなようだ。