本の覚書

本と語学のはなし

『停電の夜に』


ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』(小川高義訳、新潮文庫
 以前、翻訳通信講座の初級編を受講したとき、この短篇集の「ピルザダさんが食事に来たころ」の一文が課題として取り上げられていた。ハローウィンの日のちょっとした描写だけだったので物語の全体までは知らなかったけれど、ピルザダさんは、実は、当時の東パキスタン(現在のバングラデシュ)の出身で、政情不安な故郷(妻子が住んでいる)の様子をテレビのニュースで知るために、インド系の主人公の少女の家に毎晩のように食事に来ていたのであった。
 ラヒリはインド系移民の2世で、ロンドンに生まれ、幼いときに渡米して以来アメリカに住んでいる。あらゆる物語は、アメリカとインドのはざま、あるいは両者の周縁に位置することで獲得された融通無碍の視点から、インドと何らかのかかわりを持ちつつ展開されていく。
 一番好きなのは「三度目で最後の大陸」。移民1世の物語だが、仰々しい叙事詩には仕立てず、アメリカに来たばかりのころに6週間だけ間借りした下宿の話が中心で、しかし何ということもない最後の数ページが感動的だった。

停電の夜に (新潮文庫)

停電の夜に (新潮文庫)