本の覚書

本と語学のはなし

Bel-Ami


 『ベラミ』の杉訳。

 Elle voulut rentrer à pied sous prétexte que la lune était admirable, et elle s’extasiait en le regardant.

 女は月がいいからという口実で歩いて帰ると言った。そして月を眺めながら、しきりに、いいわねを繰り返した。(163頁)


 これは単純ミスだろうか、杉の利用した底本では「le」が「la」と印刷されていたのだろうか。月はあくまで口実(prétexte)であるから、それ(la)を見てエクスタシーに浸っていた(s’extasiait)わけではなかろう。彼女が見ていたのは彼(le)である。なにせ彼は「美貌の友」なのだ。
 「しきりに」というのは、おそらく半過去を反復のアスペクトと捉えた訳だろうが、見つめていたのが彼であったとするなら、歩いている間中うっとりしていたことを表わしていると考える方が合理的である。彼女は「いいわね」と口に出して言っていたわけでもないと思う。