本の覚書

本と語学のはなし

『英語のセンスを磨く』 〔28〕


●行方昭夫『英語のセンスを磨く 実践英語への誘い』(岩波書店
 行方昭夫は私が英語の師匠と勝手に決めている人。この本はその行方によって書かれたコンテクスト重視の上級者向け英文解釈教室である。高校生の受験参考書でもないし、社会人の学び直しテキストでもない。ある程度小説とか新聞、雑誌を読む段階までは行っているが、どうも靄がかかったようですっきりしないことがよくある、という人が読むことを想定している。
 課題文はあらゆるジャンルから偏りなく精選されている。最後の「難解な文章に挑戦」という節のジェイムズやトリリングも含めて、取りつく島もないほど難解というようなものはないけれど、分かったつもりで解説や訳文を読んでみると、なるほど意味を取り違えていたりニュアンスを正確に捉えていなかったりということが必ずあるようなものばかりである。ため息が出る。我々は読解力の各段階において、自分の力を点検する作業を怠ってはならない。


 行方の翻訳技術については、『月と六ペンス』講読の際に再三取り上げている。ここではトリリングの評論の一部を紹介しておく。

His happy people occupy themselves with what he had elsewhere called the “lesser arts,”...
ユートピアでのんびり暮らす人びとが従事するのは、モリスが他のところで「気軽な芸術」と呼んでいるもの...

Morris wanted neither the aggressivity of comprehension and control which hightly developed mind directs upon the world...
哲学者や科学者が世界のことは何でも分かるときめつけ高い立場から指導したりするのは、モリスの嫌うことであった。


 行方の師匠に朱牟田夏雄という人がいる。その人の『英文をいかに読むか』(文建書房)を開いてみたら、面白くて60ページくらい一気に読んでしまった。内容が優れているというだけではなくて、師弟のあるべき姿が見えてくるようで興味深いのだ。しかし、今読んでしまうのはもったいない。もう少し私が進歩したところで続きに取り掛かることにしよう。
 現在この本を受験参考書として使う人はほとんどいないだろうが(お薦めもしない)、英文学をやる人であれば、大学に入ってからでも目を通しておいた方がいいんじゃないだろうかと思う。

英語のセンスを磨く―実践英語への誘い

英語のセンスを磨く―実践英語への誘い


  【参考】

英文をいかに読むか

英文をいかに読むか