本の覚書

本と語学のはなし

Bel-Ami


 『ベラミ』の杉訳(岩波文庫)。


□Le garçon apporta les sirops, que les femmes burent d’un seul trait ; puis elles se levèrent, et la brune, avec un petit salut amical de la tête et un léger coup d’éventail sur le bras, dit à Duroy : « Merci, mon chat. Tu n’as pas la parole facile. »
 Et elles partirent en balançant leur croupe.


■給仕がシロップを運んでくると、女たちは一気に飲みほした。
 それから立ち上がった。鳶色のが、親しげにうなずく合図と一緒に腕をぽんと扇子でたたきながら、デュロワに向かってこう言った。
 ――ご馳走さま。あんた口が重いのね。
 と、女二人は、尻を振りながら向こうへ歩いて行った。


 「鳶色のが」と言っているのは、肌の色ではなくて、髪の色のこと。
 その鳶色の商売女は「腕をぽんと扇子でたた」いたようだ。原文は「un léger coup d’éventail sur le bras」。確かに「coup」は何かの一撃とか打撃とかを意味する。「coup de pied」といえば「キック」、「coup de soleil」といえば「日焼け」、「coup d’État」とえいば国家の転覆を図る「クーデター」のこと。
 しかし、この単語は道具を用いた手早い動作を表すのにも使われる。例えば「donner un coup de balai」は、ほうきを使って「さっと一掃きする」こと。この場合も、扇子で叩く動作を表現しているのではなくて、軽くあおいだのだと解釈する方が自然ではないだろうか。むっちりした商売女も「腕をぽんと扇子でたた」いてしまったら、一転してべらんめえの噺家になってしまう。