本の覚書

本と語学のはなし

Bel-Ami


 『ベラミ』の杉訳(岩波文庫)。


□On les connaît toutes depuis six ans ; on les voit tous les soirs, toute l’année, aux mêmes endroits, sauf quand elles font une station hygiénique à Saint-Lazare ou à Lourcine.


■十年も前からみんな顔の知れている連中だ。毎晩見かける。一年じゅう、いつも同じ場所で。奴らがサン‐ラザールかルールシーヌで保養している時は別だがね。


 「奴ら」とは誰のことだろうか。直前の文章を見ると、「一ルイか二ルイどこの女だが、五ルイも出す外国人をねらっている」商売女だと書いてある。
 彼女らは、時に「サン‐ラザール」や「ルールシーヌ」で「保養」する。「hygiénique」という形容詞は「衛生上の、健康によい」という意味だから、「une station hygiénique」と来れば、英気を養うためにリゾート地にでも逗留することのような気がしてくる。随分景気のよい話だ。
 私が読んでいるペーパーバックには、この部分に注釈が付いている。


□Dans chacun de ces deux établissements on soigne les maladies vénériennes (le premier, qui n’existe plus, étais une prison de femmes ; le second, un hôpital : aujourd’ui l’hôpital Broca).


 せっかくなので拙訳を。


■この二つの施設では、性病の治療が行われていた(前者〔サン‐ラザール〕は女性用の監獄であったが、現存していない。後者〔ルールシーヌ〕は当時も病院であり、現在もブロカ病院として残っている)。


 世の中そんなに甘くはないようである。
 まあ、恐らく「保養」というのは「養生」に近い意味で使われているのだろうから誤訳ではないと思うけど、現代の読者が注釈もなしに読めばきっと誤解するに違いない。