●中沢啓治『はだしのゲン』全10巻(汐文社)
あまりに波乱万丈。そのためにこそ、ここまで普及したのだろう。
今から見ると、こうの史代の場合のように、さしてストーリーに起伏のない方が効果があると思うが、ヒバクシャとしての中沢の表現は尊重するべきか。
しかし、天皇やらアメリカやらをさんざん呪詛していながら、ゲンの弟分がヤクザを射殺して終わるのは(ゲンもそれを容認しているようだ)、暴力に対する暴力の肯定であり、しかも真の悪に立ち向かう真の目と原理はついに獲得されないままであったことを暴露するものではないか。おそらく私はゲンの中にカラマーゾフ三兄弟の末弟アリョーシャの面影を見たかったのかもしれない。それは期待する方が間違っているのだ。
緻密に計算された物語ではない。我々もまた翻弄されながら読むのが正しいのだろう。
- 作者:中沢 啓治
- 発売日: 1993/04/01
- メディア: コミック