収穫時に現れる星の如く、輝きながら走って来るアキレウスを最初に認めたのは老王プリアモス、その星の光りは、丑三つ時の夜空に、群がる星の間でも、一際鮮やかに目に立って、世に「オリオンの犬」の異名で呼ばれるもの、星の中ではもっとも明るく、また凶兆でもあり、惨めな人間どもには猛暑をもたらす。
『イリアス』第22歌第25行以下の引用である。
戦線に復活したアキレウスが奮闘し、トロイエ軍を城まで押し返す。その様子を城壁からいちはやく認めたのが、年老いた王プリアモスである。輝くアキレウスの様子は、「オリオンの犬」と呼ばれる星のようであったという。
「オリオンの犬」に付けられた注釈も引いておこう。
セイリオス(シリウス)のこと。オリオン座に近く、オリオンは猟師であるから、犬の名が付いた。その際立った明るさの故に、太陽同様に熱源とされたのである。
オリオン座の少し先に、おおいぬ座がある。その鼻のところにあるのがシリウスだ。こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスと結んで、冬の大三角をつくる。
日本では冬の星座とされているが、古代のギリシアやローマでは、猛暑をもたらす星として知られていた。全天一の輝きは、それだけのエネルギーを持つものと考えられたようである。
薊の花が咲き、騒がしい蟬が樹にとまってやすみなく、
その羽根の下から朗々たる歌を、四方に撒き散らす
凌ぎがたい夏の日々、その季節となれば、
山羊はもっとも肥え、酒の味も一番良い、
女はもっとも色情をつのらせ、男はもっとも精気を失う、
セイリオス星が頭と膝を焦がし、
肌は熱気に干されて乾ききるからじゃ。
これはヘシオドス『仕事と日』第582行以下。
農事暦などを歌ったもので、ウェルギリウスが『農耕詩』を書くときにも参考にした作品である(『牧歌』のときからヘシオドスに愛着は抱いていたと思うが)。
ここでははっきりとセイリオスの名が出てくる。セイリオスのラテン語形がシリウスである。
これは、雨が滝のように降るときや、暑さをもたらす天狼星が
畑を乾かし、地面がぽかりとひび割れるとき、若木を守るものになる。
ウェルギリウス『農耕詩』第2歌第352行以下。
天狼星はシリウスの中国名。ラテン語の原文ではCanisとなっているが、これは犬のこと。英語でdog-starの名があるのも、ここから来ているのだろう。
今や天狼星は、渇いたインド人を激しく焦がしながら
天空に燃え、炎のような太陽は、軌道の半ばを
走り終えていた。
『農耕詩』第4歌第425行以下。
ここではルビの通り、原文はSiriusである。
ところで、ウェルギリウスはCanisでもってシリウスとしたが、これは星座(おおいぬ座、こいぬ座)をあらわす言葉としても使うせいだろうか、縮小辞を付けたCaniculaでもってシリウスとすることもある。
そしてこれに由来するフランス語がCaniculeである。Caniculeを普通名詞として使うと、猛暑という意味になる。
最近フランスのニュースを見ていると、しばしばカニキュールという言葉を耳にする。南ヨーロッパを襲う熱波に対して使われている。もちろんそれがシリウスのせいだと言っているのではない。