本の覚書

本と語学のはなし

【英語】His face fell. My face lengthened.【赤毛組合】

 シャーロック・ホームズを原文で読むこと自体は難しいことではない。
 だが、やることが多すぎて困っているというのに、更に日課の一つに加えるのは厳しい。時間があるはずの休日でさえそう思うのだから、たとえ今後もうフルタイムでは働かないことにしたにせよ、続けることはできないかもしれない。
 だが、とりあえず『赤毛組合』は最後まで読み通そう。


 『赤毛組合』から face を使った二つの表現を見てみる。
 翻訳は河出書房新社版である。これは基本的にオックスフォード版を底本としており、その注釈(シャーロキアン的な注ではない)も訳されている。

His face fell immediately. (p.57)

たちまち彼は、失望の色を顔にうかべました。(p.103)

 赤毛組合の欠員が出たので応募し、燃えるような見事な赤毛でそれを勝ち取ったまではいいが、家族はいないと伝えると、直ちに面接官の「顔が落ちた」のである。
 なぜなら赤毛組合の目的は、単に赤毛の人を個人として助けるというだけでなく、種として保存し発展させることにもあるからだ。

My face lengthened at this, Mr. Holmes, for I thought that I was not to have the vacancy after all; (p.57)

わたしもこれを聞いて、がっかりしてしまいましたよ、ホームズさん。結局は採用取り消しになってしまうのかと思いましてね。(p.103)

 それを聞き、組合員としての資格が無効になるものと早合点し、彼の「顔が伸びた」のである。


 こうした身体を用いた表現を調べるのにうってつけの辞典がある。研究社の『しぐさの英語表現辞典』(小林祐子編)である。

 新装版が出ているが、私が持っているのは旧版なので、引用ページは古い方のものである。


 先ず「one’s face falls」の項を見ると、「がっかりした顔[曇った顔]をする」とあり、例文(1960年以降の英米の小説等から採られている)の後に詳しい説明が添えられている。

英語で顔が fall するといえば、前方に傾斜するのではなく、下方に間延びすることをいう。期待外れで拍子抜けすると、張りつめていた顔面の筋肉がゆるみ、あごも口もがっくりとしてしまりがなくなり、下顔部全体が間延びしたようになる。これを慣用的に表しているのが one’s face falls [drops] である。この表現から日本人はしょげかえって顔を伏せた姿を連想しがちだが、そのような姿には hang one’s face という別の慣用句が使われる。(p.225)

 つまり、顔面の筋肉が弛緩して下方に間延びするのであって、うなだれるのではないということだ。


 次に「one’s face lengthens」を見ると、「(顔の筋肉が弛緩して)しまらない顔になる《浮かぬ顔;憂鬱・不景気な顔;口をあんぐりとあけるほどの驚いた顔》」とある。前の表現と似たようなものらしい。
 類語の「a long face」のところにイラストと詳しい解説がある。解説の一部を書き抜いておく。

心が晴れず意気があがらないと、顔面筋肉も張りを失い外下方へと下がっていく。いきおい顔の道具も垂下し、顔全体が間延びした感じになる。英語にはこうした顔の下降線と意気消沈とを結びつける傾向があり、不景気な顔を a long face と見立てるのもその一つである。
これに対応する日本語として、しばしば「仏頂面」が挙げられる。(中略)しかし「仏頂面」には相手を意識したある種の緊張があり、がっくりと気落ちして、自分の顔を引き締める気力もない a long face の基本的な意味と異なる。(p.232)


 退職届は現場責任者を通じてもう提出したのだが、会社で決められた退職願の様式があるということで、もう一度それを提出しなくてはならない。理由を書く欄がある。わざわざこんな欄を設けているということは、「一身上の都合」以外のことを書いて欲しいのだろうか。
 わずか2か月半での退職である。私としては断トツで短いが、この職場では珍しくもない。1日で辞めた人もあるという。大概はすぐに辞めるのだ。私の退職も既に皆に知らされたが、誰も驚きはしなかった。