本の覚書

本と語学のはなし

【英語】quite a little【赤毛組合】

 仕事を辞めることにしたので、英語の読み物も復活させようと思い立つ。とは言え、あまり精力を注ぎ込む余裕はない。シェイクスピアジェイン・オースティンではなく、シャーロック・ホームズを取り上げてみることにした。
 以前ドイツ語訳を用いて途中まで読んでいた『赤毛組合』を、今度は英語のみで最後まで読む。かなり易しい英語で書かれているので、物足りない気もしないではないが、この短編を通して、続けるか否か考えたい。


 テキストはオックスフォード版。

‘Why,’ says he, ‘here's another vacancy on the League of the Red-Headed Men. It's worth quite a little fortune to any man who gets it, and I understand that there are more vacancies than there are men, so that the trustees are at their wits' end what to do with the money. If my hair would only change colour, here's a nice little crib all ready for me to step into.’ (p.53-54)

 これを読んだとき、「quite a little」は「かなりの量」のことだろうと思っていた。
 反対の意味に取りたくなるが、辞書で確認してみても、そう考えるのは決して間違っているわけではないと知れる。


 河出書房新社版(小林司東山あかね)と東京図書版(日暮雅通)の訳。

『というのは、赤毛男の組合に、また一つ空席ができたんだそうですよ』と、彼は言いました。『誰でも組合員になれれば、ちょっとした小金を貯めることができるんですからね。わたしが聞いたところでは、欠員が埋まらないので、管財人が金の使い道に困っているということです。わたしの髪の色さえ変わってくれれば、飛び込んでいって、この仕事で甘い汁が吸えるというのにねえ』(p.98-99)

『いえね、あの赤毛組合にまた欠員ができましてね。あそこへ入れば、誰でもちょっとした金儲けができるんですよ。それに聞いたところじゃあ、欠員をうめるのが追いつかなくて、管財委員会のほうで金の使い道に困っているらしいですね。私の髪の色さえ変わってくれれば、この仕事クリブでひと儲けできるっていうのになあ』(p.146-147)

 いずれも「ちょっとした小金」とか「ちょっとした金儲け」となっており、字面通りの解釈をしている。
 もしかしたら、ここではそれでいいのかもしれない。


 この後、その金額についていくつかの異なった表現がなされる(翻訳は河出書房新社版)。

Oh, merely a couple of hundred a year, but the work is slight, and it need not interfere very much with one's other occupations.’

 「まあ、一年に僅か (merely) 二~三百ポンドくれるだけなんですがね。でも、仕事は簡単で、片手間にできるそうですよ」。

Well, you can easily think that that made me prick up my ears, for the business has not been over-good for some years, and an extra couple of hundred would have been very handy.

 「年二~三百ポンドの臨時収入があれば言うことはない (very handy) ですからね」。

From all I hear it is splendid pay and very little to do.

 「わたしが聞いたところでは、大変な高給 (splendid pay) で、しかも仕事はごく僅かなのです」。

but perhaps it would hardly be worth your while to put yourself out of the way for the sake of a few hundred pounds.

 「だけど、僅か数百ポンドばかりのために、わざわざ出かけることもないですがね」。


 概ねそれ程の大金ではないということになっている。
 ところで、「臨時収入」云々以外は、ホームズとワトソンの前でこの話をしている男の言葉ではない。彼が最近雇った店員の表現を、直接話法で再現しているのである。
 この店員は僅かな金額と言う一方で、大変な高給とも言っている。駆け引きをして、店主の心をかき乱しているかのようだ。
 そう解釈するならば、最初の「quite a little」は、辞書にある通り「かなりの」という意味と取っても、悪くはなさそうに思える。
 すると、つかみとして、大金が得られるかのように持ちかける。押して引いて、押して引いて、という順に金額の評価を変えるという、手管が見えてくる。
 どちらが正しいのか、断定はしないでおくけれど。