本の覚書

本と語学のはなし

尺には尺を/ウィリアム・シェイクスピア

 問題劇その三。やはり終わった後に釈然としないものが残る。
 『終わりよければすべてよし』同様、この作品でもベッド・トリックが使われている。解説によれば、「『言葉による将来の約束』は当時何の法的拘束力も持たず、したがって心変わりした男性に添うすべとしてはベッド・トリックのような強硬手段に訴えるしかなかったこと、そしてそれをとくに狡猾な行為と見なす習慣はなかったこと、などを一応心に留めておきたい」とのことである。


 喜劇的な作品にはよく駄洒落が出てくる。翻訳がどの程度原文を反映しているのか、一例を示しておく。
 第二幕第一場のエルボーのセリフ。

おそれながら閣下、私はしがない公爵の警吏でありまして、名前はエルボーと申します。つまり犯人を捕らをもって法律を守る役人であります、閣下。ただいま閣下のご前に、二人の悪名高き貞節のやからを引き連れてまいりました。(p.39)

 名前の「エルボー」に引っかけて、「捕らえる棒」と洒落てみせるのだが、まったく面白くはないし、舞台上で発せられたとき効果を生むには、かなり不自然な抑揚や動作が必要ではないかと思われる。
 原文は以下の通り。

If it please your honour, I am the poor duke's
constable, and my name is Elbow: I do lean upon
justice, sir, and do bring in here before your good
honour two notorious benefactors.

 駄洒落ではなかった。肘 (elbow) でもたれかかる (lean upon) といったイメージから、何らかの翻訳上の工夫が必要だと頑張ったのだろうか?
 筑摩書房の全集(第3巻)はあっさり訳している。

これはどうも。手前、実はくだらない公爵様の警吏でして、名前はエルボウと申しますんで。つまり司直につかえている者でございます。ところで閣下の御前に引きつれてきました二人の者は悪名高き美徳の士でしてな。(p.18)

 これを読んで、その箇所に何らかの洒落が隠されていると思う人はいないだろう。
 シェイクスピアを英語で読むのは難しいが、日本語で読むのも案外簡単なことではないのである。