本の覚書

本と語学のはなし

シャーロック・ホームズ全集 第17巻 踊る人形/コナン・ドイル

 「踊る人形」(『帰還』)、「退職した絵具屋」(『事件簿』)、「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」(『帰還』)、「六つのナポレオン」(『帰還』)の4編を収める。
 またもやホームズが一人称で「小生」を使う場面があるものの(「踊る人形」p.51)、高山宏のちょっと古臭い訳にも慣れてきた。


 「チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」(あるいは「犯人は二人」)で、ホームズは婚約する!
 ホームズとして真剣に求婚したのではなく、変装した道楽者風の職人として、悪人の家の女中をたぶらかしたのである。

しかし、風がうなり声をあげて窓をガタガタいわせたあるひどい嵐の夜に、とうとう彼は最後の冒険から帰ってきて、変装をほどくと火の前に腰をおろし、彼らしい静かな含み笑いでくっくっと屈託なく笑った。
「よもやぼくが結婚しようとは思わなかっただろう、ワトソン」
「へえっ、まさか!」
「ぼくが婚約したと聞けば、ほおっと言うだろうね」
「本当なのか! こいつはおめで――」
「相手はミルヴァートンの女中だ」
「な、何てこったい、ホームズ!」
「情報がほしかったんだよ」
「少々やり過ぎじゃないのかい」(p.97)

At last, however, on a wild, tempestuous evening, when the wind screamed and rattled against the windows, he returned from his last expedition, and having removed his disguise he sat before the fire and laughed heartily in his silent inward fashion.
“You would not call me a marrying man, Watson?”
“No, indeed!”
“You'll be interested to hear that I am engaged.”
“My dear fellow! I congrat—”
“To Milverton's housemaid.”
“Good heavens, Holmes!”
“I wanted information, Watson.”
“Surely you have gone too far?”

 ホームズは目的のためには仕方なかったのだとしか考えていない。彼は笑いながらこれを話したのである。
 しかしながら、ホームズの静かな内向きの笑い(英語ではまた chuckle とも書かれる)はしばしば「くっくっ」という擬音語を伴って訳されるが、このような人非人のような所業の場面においても、どうも違和感を覚える。


 たまたま今日の午前中に見た『シャーロック・ホームズ 死の真珠』という映画が、「六つのナポレオン」を元にした作品だった。
 従って、初めから犯人の意図は分かってしまったわけだが、それでも楽しく読めるということは大きな収穫であった。