本の覚書

本と語学のはなし

シャーロック・ホームズ全集 第14巻 空き家の冒険/コナン・ドイル


 ベアリング・グールドによる解説1編、「空き家の冒険」「金縁の鼻めがね」「三人の学生」(いずれも『帰還』)の3編を収める。
 第13巻までで4つの長編と『冒険』『思い出』に収められた短編は出揃っているから、これからは『帰還』『挨拶』『事件簿』の短編になる。
 ここまでで分かったことは、長編と『冒険』『思い出』『帰還』は学生時代に読んでいる。『挨拶』と『事件簿』の検証はこれからである。


 ホームズは生きていた。そもそも滝壺に落ちてなどいなかったというのだ。

われわれは滝の崖っぷちで取っ組み合ったままよろめいた。しかしぼくは――これまでにも何度か役に立ったんだが――日本の格闘技であるバリツの心得があったので、相手の腕をさっとすりぬけた。するとあいつはおそろしい悲鳴をあげながら、しばらく死物狂いで足を蹴りあげ、両手で空をかきむしっていたが、ついにバランスを失ってまっさかさまに落ちていった。(「空き家の冒険」p.45)

We tottered together upon the brink of the fall. I have some knowledge, however, of baritsu, or the Japanese system of wrestling, which has more than once been very useful to me. I slipped through his grip, and he with a horrible scream kicked madly for a few seconds and clawed the air with both his hands. But for all his efforts he could not get his balance, and over he went.

 バリツ (baritsu) というのは、バートン・ライトという人が日本の柔術を取り入れて作った護身術バーティズ (Bartisu) のことであるらしい。ただし、バーティズが雑誌で紹介されたのは1899年のことであり、ホームズがモリアーティ教授と対決した時よりも、そしてホームズがこれをワトソンに話したときよりも、後のことである。
 シャーロキアンにとっては、この程度の矛盾は何ら恐慌を来すものではなく、いかようにも説明をつけることはできるのだが。


 しかし、この復活劇にはあまりに無理が多い。
 これをどう考えるべきか、シャーロキアンの間にも意見の一致は見られない。ある説によれば、ホームズはやはり死んだのだ。兄のマイクロフトがよく似た従兄弟を3年かけて仕込み、後期のやや性格の異なる探偵を作り上げたのである。
 ホームズは死んだのか、モリアーティは死んだのか、二人とも生きているのか、二人は同一人物なのか、ワトソンがでっち上げたのか、ワトソンが殺したのか。そういうことが、空想の限りを尽くして考え抜かれているのである。