本の覚書

本と語学のはなし

静夜思

 先ほど書いた「静夜思」の補足。これは中国人が(国外にあろうとも)最初に覚える詩だというが、私が初めて触れた漢詩もこれであった。小学生の内だったか、中学に入ってからだかは覚えていない。兄の漢文の参考書をこっそり眺めて、一番短くて簡単そうなこの詩に目が行ったのだった。漢文の文法も、読み下しのそれ(特に「疑うらくは」のク語法)も理解はしなかったが、訳を参照すれば分からないことはなかった。「あの名高い李白というのは、こんな他愛もない詩を書くのか」というのが、その時の感想だった。

 「明月」について、石川忠久の『新漢詩の世界』から引用しておく。

 ところで、この詩はテキストによって字の異同があります。第一句を「牀前月光」、第三句を「挙頭望月」とするものです。こちらの方は『唐詩三百首』(清の蘅塘退士こうとうたいし孫洙そんしゅの編)、「……月光」、「……望月」は『唐詩選』(明の李攀龍りはんりょうの編)によるものです。日本ではもっぱら『唐詩選』を読みますが、中国では『唐詩三百首』を読んでいます。どちらが正しいというのではないのですが、やはり「山の月」を望む方が、味わいが深いようです。(p.142)

 中国人は恐らく、子供の頃から馴染んだ平明な同一語句の繰り返しに、この詩のよさを感じるのだろうし、日本人は日本人で、「山月」に李白の故郷の山国を思い続けてきたわけで、これでなくては雰囲気が出ないと思うのだろう。