杯
自然主義を表す七人の娘たちに対し、もう一人の娘は彼女らに通じない言語でもって「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で戴きます」と宣言する。日露戦争後、文壇へと復帰した鷗外の宣言である。
花子
ロダンのモデルとなった花子。通訳の医学生は、裸体のデッサンの間、別の部屋でボードレールの「おもちゃの形而上学」を読む。現象の背後にひそむ本質への興味において、二人の巨匠が結びつくようだ。
独身
小倉*1での或る晩の話。鷗外の近代小説というと、私のような者でも生意気に一段低いもののように見做すことがあるけれど、いったいこの描写力ときたらどうだろう。冒頭から思わずにやけてしまう。撫でさするように、同じ文を何度か繰り返し読みつつ、ようやく前に進む。
桟橋
横浜からフランス船に乗り洋行する夫を、桟橋で見送る身重の妻。「桟橋が長い長い」というリフレインが印象的なスケッチ。
あそび
木村は役人と作家の二重生活を営むが、そのいずれも「あそび」であり、情熱を欠いたものだと見做されている。実際、文学だって「あそび」には違いない。啄木のように鷗外の小説を飽き足りなく思う者もたくさんあるだろう。だがやはり、鷗外だって書かずにはいられないのだ。子供があぞばずにはいられないように。鷗外の舞台裏が覗ける、興味深い作品。
普請中
ドイツから来た踊り子と普請中の築地精養軒(上野精養軒とは同経営)で再会する。渡辺参事官は、「日本は芸術の国ではない」とひとりごち、「日本はまだ普請中だ」と嘆き、「本当のフイリステルになり済ましてゐる」とうそぶくのである。
木精
『ヰタ・セクスアリス』発禁のせいで、鷗外は軍の上司から執筆に対する干渉を受けていた。そのため当初は匿名で発表された。内容は『杯』と同じように、自然主義と自分の立場とを寓したもの。
大発見*2
実にくだらない話ではあるが、私の大好きな文章である。西洋人も鼻糞をほじるというのが大発見なのだそうだが、それだけで小説(エッセイか?)を書いてしまう不敵さが痛快だ。ただし、いくらなんでもそれはないだろうということで、裏には風刺の意図があるのだということになっているようだ。
汗を流す為めに日本人は毎日湯に入る。欧羅巴人はシヤツに吸ひ込ませて、度々シヤツを着更へて、湯に入らずに済ます。ペッテンコオフエルは吾人の襦袢は吾人に代つて浴すと書いてゐる。鼻糞もこれに似たわけで、欧羅巴人は鼻の中がむづ痒くなつても、ハンケチで鼻をかんで済ます。まだ痒くても、鼻をこすつて済ます。矢張彼等のハンケチは彼らに代つて鼻糞をほじるのである。ほじらないまでも揉み潰すのである。揉み潰すなんぞは姑息の手段である。ほじるのラヂカルなるに如かない。
電車の窓
路面電車の中、「鏡花の女」と勝手に名づけたを見ながら勝手な想像を膨らませる。
追儺
ちょっとした小説論から始まり、有名な「僕は僕の夜の思想を以て、小説といふものは何をどんな風に書いても好いものだといふ断案を下す」の一文がある。それが追儺とは何の関係もない。本題は特別面白いわけでもなく、尻すぼみに終わり、最後に「批評家に衒学の悪口といふのを浚ふ機会を与へる為に」、追儺の民俗学的情報を加える。本当に好きなように、計算もせず、素人らしく書いた作品。
懇親会
陸軍省出入りの新聞記者との懇親会で、ある記者に暴力を振るわれたという話。日記にも記事があるので、事実に基づいて書かれたものらしい。
牛鍋
牛鍋を喰う風景。昔は花やしきで動物の見せ物をしていたのだそうだ。
里芋の芽と不動の目
江戸弁の一人語りが快い。「己なんぞも西洋の学問をした。でも己は不動の目玉は焼かねえ。ぽつぽつ遣つて行くのだ。里芋を選り分けるやうな工合に遣つて行くのだ。兄きなんぞの前へ里芋の泥だらけな奴なんぞを出さうもんなら、かます籠め百姓の面へ敲き附けちまふだらうよ」。
ル・パルナス・アンビュラン
自然主義を諷した(よほど嫌いなのだ)、シュールな物語。途中から、恐らくは鷗外の当初の構想を超えて、自由に暴走している。
実はシルクハットに此語が分からなくて好かつたのである。なぜといふに、若しそれが分かつたら、ここへ書くことになるかもしれない。さうすると固有名詞や動植物の名を、羅馬字で書いた位の事ではない。秀英舎にも築地活版所にもないやうなタイプを挟んだ文章をだすといふ、途方もない事の為に俑を作るといふわけになつたかもしれない。想像するだに身の毛も弥立つ次第ではないか。
鶏
小倉時代の生活が見えてくるような作品。老女中や馬丁が食べ物なんかをくすねたりするのも、実際にあったことである。しかし、それを振り返る鷗外の筆は、あくまで恬淡としている。精悍な若い女中の春が好ましい。日露戦争時に「徴発」を禁じた逸話と湯屋を使わず体を清潔にする方法の記述が面白い。
身の上話
旅館の女中がある男の妾になった時の身の上話をするのだが、彼女の名も相手の名も、モデルそのままに何の変更も加えていないらしい。
フアスチエス(対話)
表現の自由をめぐる問答。最後はデウス・エクス・マキナではないが、デーモンが現れ、「ちと学問や芸術を尊敬しろ」と言い渡して幕となる。
金貨
左官の八が大した悪意も抱かず軍人の家に忍び入り、念願の酒を口にして、闖入した以上なにか金目の物にも手を付けずには済まされないのが義務であると観念して、金貨を含む貨幣を懐にするのだけど、主人に捕えられて見れば、金貨と思ったものがフランスのスーに過ぎなかった。鷗外がこういう主人公を選ぶのは珍しいようだが、そこにはやはり思想が働いているとみるべきだろう。
金毘羅
鷗外は琴平に行ったことがある。帰京してみると、息子の不律が百日咳に罹っている。やがてこの子は死にいたる。娘の茉莉も罹患し、一時は安楽死させることに決意したほど重篤であったが、なんとか回復する。近代人としての意識と因襲の断ち切りがたさを交えて、この間の様子が描かれる。
何だか自分の生活に内容が無いやうで、平生哲学者と名告つて、他人の思想の受売をしてゐるのに慊(あきたら)ないやうな心持ちがする。船の機関ががたがた云ふのが耳に附く。自分の体も此船と同じことで、種々な思想を載せたり卸したり、がたがたと運転してゐるが、それに何の意義もないやうに思ふ。妻と子供のことを思つてみる。世には夫婦の愛や、家庭の幸福といふやうな物を、人生の内容のやうに云つてゐるものもある。併しそれも自分の空虚な処を充たすには足らない。妻も子供も、只因襲の朽ちた索(なは)で自分の機関に繋がれてゐるに過ぎない。ああ、寂しい寂しいと思ひながら博士は寝た。
沈黙の塔
大逆事件後、安寧秩序と良俗の両方面から言論の自由が制限された。当時、東京朝日新聞の「危険なる洋書」という連載記事において、「森鷗外先生は日本に於けるエデキントの最初の紹介者であるが、此の鷗外先生は昨年『スバル』に青年の性慾発達史めいたものを書いて発禁処分を受けさせられた而して博士の夫人は頻りと婦人生殖器に関する新作を公にされる」と、夫婦そろって攻撃されている。この作品は、こうした動きへの批判として書かれた。
そめちがへ
他の作品は明治40年代初めのものだが、これは明治30年、創作としては初期と後期のはざまにぽつんと発表されている。ばかに古風な前近代的な文体で花柳界を描いており、ゆっくり読まなくてはなかなか内容がつかめない。
- 作者:森 鴎外
- 発売日: 2012/12/06
- メディア: 単行本
*1:日露戦争前の一時期、鷗外は「左遷」によって小倉に赴任していた。
*2:http://58808.diarynote.jp/200705132107210000/、http://d.hatena.ne.jp/k_sampo/20090911/p1