本の覚書

本と語学のはなし

「ボヴァリー夫人」前半終了


 『ボヴァリー夫人』は岩波文庫の上巻に相当する部分を読み終えた。意外に語彙が豊富で、専門用語も多く使われる。すべてを書き尽くそうとする写実的な描写に疲れることもある。残り220ページ。6月中に読了するかどうか。

le jeune homme expliquait à la jeune femme que ces attractions irrésistibles tiraient leur cause de quelque exsistence antérieure. (p.216)

若い男は若い女に向かって、さからうことのできないこの吸引力というものは、前世の因縁だと説いていた。(上p.183)


 「前世 (exsistence antérieure) 」にひっかかる。輪廻転生を前提とした「前世」ということなのだろうか。少なくともキリスト教徒の間では一般的な思想ではないはずだが、当時進歩的な人々の間ではこのような言説が抵抗なく受け入れられていたのだろうか。それとも、流転する魂ではなく、創造された後、未だ肉体に吹き込まれる以前の魂のことだろうか。経験に先立つ先天性を示唆しているのかもしれない。
 直後に「私たちの特殊な斜面が遠い隔たりを通して私たちふたりをお互いに近づけてくれる」というセリフあるが、この「私たちの特殊な斜面 (nos pentes particulières) 」というのも、「私たちの他とは異なる(予め運命づけられた)傾き」という意味で使われている気がする。


 なお、プルーストには、完全に輪廻転生を前提とした「前世」の用法がある。(原文テキストはネットで拾ったもの。和訳は高遠弘美。)

Puis elle commençait à me devenir inintelligible, comme après la métempsycose les pensées d’une existence antérieure ;

だが、かような思い込みはしだいに意味不明なものに変わってゆく、あたかも輪廻転生を経たあとの前世の思考のように。(『失われた時を求めて①』p.24)


 また、ボードレールには「前の世 (La Vie antérieure) 」という詩があって、「ひろびろとした柱廊の下に、私は長く暮らしたのだ、」(悪の華12、阿部良雄訳)と歌い始めている。

Madame Bovary

Madame Bovary

ボヴァリー夫人 (上) (岩波文庫)

ボヴァリー夫人 (上) (岩波文庫)