過ぎにし方恋しきもの。枯れたる葵。雛遊びの調度。二藍、葡萄染めなどのさいでの押しへされて、草子の中などにありける、見つけたる。また、をりからあはれなりし人の文、雨など降りつれづれなる日、さがし出でたる。去年の蝙蝠。(第28段)
過ぎ去った昔が恋しいもの 枯れた葵。人形遊びの道具。二藍染めや葡萄染めなどの布の切れはしが押しつぶされて、綴本の中などにあったのを、見つけたの。また、もらった時、ちょうど時機が時機なのでしみじみと心にしみた手紙を、雨などが降り、一人やるせない日に、探し出したの。去年使った蝙蝠扇。
少し意地の悪い観察眼もよいが、こういうのもいい。
翻訳の文末が「の」で終わっているのは、原文が「過ぎにし方恋しきもの」という提示を受けて連体形で文章を終えているのを、格助詞の「の」を使って訳しているのであって、決して女性的な話し言葉を意識して終助詞の「の」を用いたのではない。
私が今使っている古語辞典はベネッセのもの。全訳つきではない方。かなり前に買ったまま全く使う機会がなかったが、ようやく日の目を見た。似たようなことはどこでもやっていると思うけど、巻末の資料が豊富でよい。二藍染めや葡萄染めも、実際に色合いを目で確かめることができる。インターネットで検索することもできるが、最近は翻訳会社から連絡が来ることを期待していないので、常時パソコンの電源を入れてはいない。手軽に調べられるのは、やはりありがたい。
本当は別冊の「名歌名句鑑賞事典」というのもあったのだが、どうやら先日の整理の際に捨ててしまったらしい。別冊はどうしても邪魔になる。辞書と合体してくれたらいいのに。
仕事をするようになれば、古典は真っ先にリストラ候補になるだろう。古典読みになるなんて最近では全く予想していなかったことだけど、読めるようになってくると捨て去るのは惜しい気がしてくる。