本の覚書

本と語学のはなし

Bonjour tristesse


 今日読み始めたもの。『道元禅師全集11 永平広録2』(春秋社)とフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』(POCKET)。


 『悲しみよこんにちは』の出だしを書き抜いておく。翻訳は朝吹登水子新潮文庫)。

 Sur ce sentiment inconnu dont l’ennui, la douceur m’obsèdent, j’hésite à apposer le nom, le beau nom grave de tristesse. C’est un sentiment si complet, si égoïste, que j’en ai presque honte alors que la tristesse m’a toujours paru honorable. Je ne la connaissais pas, elle, mais l’ennui, le regret, plus rarement le remords. Aujourd’hui, quelque chose se replie sur moi comme une soie, énervante et douce, et me sépare des autres.  (p.11)

 ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ、利己主義な感情であり、私はそれをほとんど恥じている。ところが、悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで悲しみというものを知らなかった、けれども、ものうさ、悔恨、そして稀には良心の呵責も知っていた。今は、絹のようにいらだたしく、やわらかい何かが私に蔽いかぶさって、私をほかの人たちから離れさせる。(6頁)


 サガンには過去に二度挑戦し、二度とも途中で放棄した。この文章は、少なくとも二回は読んでいるはずだが、果たして正確に理解していたのだろうか。疑問である。ワクワクした記憶がないのだ。正確に読まなければ、この文章のよさも分からない。
 長編の後の息抜きとして始めたにすぎないけど、俄然楽しみになってきた。