本の覚書

本と語学のはなし

『Bel-Ami』


●Guy de Maupassant『Bel-Ami』(POCKET)

 Puis, relevant les yeux, il découvrit là-bas, derrière la place de la Concorde, la Chambre des députés. Et il lui sembla qu’il allait faire un bond du portique de la Madeleine au portique du Palais-Bourbon.
 Il descendit avec lenteur les marches du haut perron entre deux haies de spectateurs. Mais il ne les voyait point : sa pensée maintenant revenait en arrière, et devant ses yeux éblouis par l’éclatant soleil flottait l’image de Mme de Marelle rajustant en face de la glace les petits cheveux frisés de ses tempes, toujours défaits au sortir du lit. (p.398-9)

 と、眼をあげると、向うに、コンコルド広場の向うに、下院の建物が見えた。マドレーヌ教会の玄関からブルボン宮の玄関まで、これから一足とびに飛んでいくような気がした。
 彼は見物人の人垣の間を、高い石段をゆっくり下りて行った。が、その見物人たちは彼の眼にはいらなかった。今、彼の思いはうしろに戻った。まぶしい太陽にくらんだ彼の眼の前に、寝床を出る時にはいつもほつれている鬢の縮れ毛を、鏡に向かって直しているド・マレル夫人の姿が漂っていた。(下291頁)


 上に引用したのは小説のラストシーン。解説を加えておくと、ベラミ(美貌の友)が二度目の結婚をマドレーヌ教会で挙げた直後である。セーヌ川を挟んで向う側には国会が見える。今や政界への進出を目論んでいるのだ。その一方で、シュザンヌとの結婚のことで喧嘩をし暴力までふるったド・マレル夫人と以前の関係を取り戻せそうで、官能的なイメージにも満たされるのである。


 とうとうモーパッサンの『ベラミ』を終えた。2008年7月1日に始めたので、*11年7カ月もかかったことになる。実にゆっくりと読んでいた。しかし、一々和訳を確認するのをやめてから、スピードに乗り分量をこなすことができるようになった。もう語学や翻訳の勉強というより、一般の読書である。
 美貌と悪知恵を武器にのし上がる男の悪漢小説のような娯楽小説のようなものを、岩波文庫の生硬な直訳調で上下二巻読み通すのは、苦行に等しいだろう。ところが、フランス語で読んだら、手に汗握りハラハラドキドキした。内容に酔っているのか、フランス語で読んでいることに酔っているのかは判然としないが、小説を読んで単純にのめり込む感覚を久し振りに味わった。

Bel Ami

Bel Ami

【翻訳】

ベラミ〈上〉 (岩波文庫)

ベラミ〈上〉 (岩波文庫)

ベラミ〈下〉 (岩波文庫)

ベラミ〈下〉 (岩波文庫)