本の覚書

本と語学のはなし

【フランス語】黒か白しか着ない【エセー1.36/35】

 モンテーニュ『エセー』第1巻第36章(第35章)「服の着用という習慣について」を読了する。


Et puis que nous sommes sur le froid, et François accoustumez à nous biguarrer (non pas moy, car je ne m'habille guiere que de noir ou de blanc, à l'imitation de mon pere), adjoustons, d'une autre piece, (p.227)

寒さのことを話題にしているのだし、われわれフランス人は、さまざまの色の服を着たりしているのだから、もうひとつの話を付け加えておきたい――もっとも、このわたしは別で、父親にならって、黒か白しか着ないのであるが。(p.111)

 ほとんど裸で暮らす人々に思いをはせ、習慣の力の偉大であることを確認する。それは時として人間本来の能力を失わせもするのだろう。
 あるフィレンツェ大公はお抱えの道化師に問う。そんな粗末ななりで、どうして寒くないのか。答えて言う。わたしのように、持っている衣装をすべて着こんでしまえばいいのです。そうすれば、ご主人様だって寒くなくなりますから。
 モンテーニュは同時代人の華美な服装には従わなかった。それを誇っているわけではない。彼だって、近隣の農民たちに比べたら、ずいぶん着こんでいたに違いないのだから。
 「わたしの服の着方と、わが地方の農民の着方とのあいだには、その農民と、着ているものといったら皮膚だけの人間の差よりも、大きなへだたりがあると思う」(p.109)のだ。