関根訳は書誌的な注釈はあまりないけれど、ところどころに挿入される解説的な注釈がとてもありがたい。全集は絶版になっているから古書で探すしかないが(たぶん豊富に出回っている)、『随想録』だけなら国書刊行会から最終訳(何度か改訳している)が一冊にまとめて出版されている。ただ、ちょっと高いので気軽には勧められない。私もお金があれば買いたいとは思うが、まだ持っていない。
来年は宮下志朗訳、再来年はおそらく原二郎訳を読む。
最終巻に収められているのは、書簡、家事録、書斎天井の格言、そして親友ラ・ボエシの『奴隷根性について』。
書簡は公的な性格を持つものがほとんどで、私信のようなものはない。ラ・ボエシの死の様子を父に書いたものは興味深いけれど、これはモンテーニュがラ・ボエシの著作集を刊行したときに付録として載せた公開書簡のようなものである。
他に国王なったばかりのアンリ4世に宛てた書簡も2通残っている。国王はモンテーニュを登用するつもりであったらしいが、彼はそれを丁重に断っている。
家事録には一家の重要な出来事が書き込まれる。パリで神聖同盟派(カトリック右派のようなもの)に捕まり、バスティーユに入れられたが、カトリーヌ・ド・メディシスのとりなしで即日解放されたこと、国王になる以前のナヴァール王(後のアンリ4世)がモンテーニュの館に来て、毒味もさせずに、モンテーニュ家の食器を使って食事をし、モンテーニュのベッドに寝たことなども、記されている。
書斎の天井に書かれた格言は、コヘレトと懐疑主義が優勢を占める。「レーモン・スボン弁護」の章を書いた時期のもののようで、多くはそこに引用されている。
ラ・ボエシの『奴隷根性について』は、元来『エセー』第1巻の真ん中に置かれる予定であった(私はちょうど今、それを入れる予定だった「友情について」の章を原文で読んでいる)。だが、新教側から利用されるのを恐れて、結局載せられることはなかった。
至るところにモンテーニュの思想とオーバーラップするところがあって、彼によって大幅に手を加えられたのではないかと疑う人もあるくらいだ。
新訳はちくま学芸文庫から『自発的隷従論』というタイトル(これが正式。『反一人論』とも呼ばれていたが、『奴隷根性について』は関根の創案である)で出版されている。いずれ購入したい。
最後に何種類かの索引が付いている。
人名索引では、意外なことにソクラテスとプラトンが相当な分量を占めていることに気づかされる。1588年以降、モンテーニュは直接プラトンを読むようになったというが、それ以前からこの師弟には言及している。それはイデア論のような形而上学的なことに興味があったというよりも、徳や教育や国家についての議論が面白かったのだろうし、ソクラテスをだいぶ尊敬してもいたようである。
引用句の著者名の索引では、ルクレティウス、ウェルギリウス、ホラティウス、キケロなどが目立つ。セネカもまあまあ多い。プルタルコスは4箇所のみとなっている。だが、セネカやプルタルコスの場合、直接の引用はなくとも、彼らの文章からインスパイアされたり、題材を借りてきたりして書かれているものは多くあり、しかも大抵は彼らに全く言及もしないのである。邦訳で特にプルタルコスの重要性をよく教えてくれるのは、宮下志朗訳である。