本の覚書

本と語学のはなし

【フランス語】確実な知識によって承知しているのだ【エセー1.27/26】

 モンテーニュ『エセー』第1巻第27章(第26章)「真偽の判断を、われわれの能力に委ねるのは愚かである」を読了する。
 モンテーニュもかつてはありそうにもない話を聞けば、偽りと決めつけて馬鹿にしていた。だが、それは思い上がりというものではないだろうか。自分で思い描けない事柄をなんでもかでも否定するのは、案外危険でもあるのではないか。


Mais quoy? si Plutarque, outre plusieurs exemples qu'il allegue de l'antiquité, dict sçavoir de certaine science que, du temps de Domitian, la nouvelle de la bataille perdue par Antonius en Allemaigne, à plusieurs journées de là, fut publiée à Rome et semée par tout le monde le mesme jour qu'elle avoit esté perdue; (p.180)

しかしながら、どうだろうか。あのプルタルコスが、古代についていくつも実例を挙げた上で、自分は、ドミティアヌス帝の時代に、ゲルマニアでのアントニウス敗戦の知らせが、そこから数日の行程にあるローマに、その日のうちにおおやけとなり、みんなに広まったことを、確実な知識によって承知しているのだといったとしたら。(p.13)

 モンテーニュの書斎の梁には格言が書かれていた。その中に、セクストス・エンペイリコスによる懐疑派の言葉がいくつも含まれている。有名なのは「エペコー」、すなわち「私は判断を中止する」というものだろう(名詞の形は「エポケー」)。
 判断の留保を、モンテーニュは「クセジュ?」と表現した。「私は何を知っているだろうか?」という意味である。これは反語であって、「私は何も知らないのだ」ということを強調しているという解説を聞くこともあるかもしれない。間違いではないかもしれないが、そのような断定を避けて疑問形として定式化することに、彼は意味を見出していたのである。
 知にも驕らず、無知にもまた驕らない。判断の中止は決して思考の終わりを意味しない。だが、知りえないことには、経験と習慣を重視する。ここからモンテーニュ保守主義もまた生じてくる。


 この章の最後には、かつて無意味と思って無視していたカトリックの教えの幾つかに、堅固な根拠があったことを、さる知識人との談話の中で教えられたことを記している。