本の覚書

本と語学のはなし

【ラテン語】運命が何の力ももたない人間がいること【賢者の恒心】

 セネカの『賢者の恒心について』を読了する。イデアの如きストア派の賢者について書かれた小品。分量としても、セネカ入門にちょうどよいと思う。
 きびきびとした短文を、接続詞を置かずに羅列することが多々あり、思想の連絡を読み取るのに戸惑うこともあるが、それがセネカの文体の特徴であるらしい。
 最後の部分を書き抜いておく。


Sapienti aliud auxilium est huic contrarium ; vos enim rem geritis, illi parta victoria est. Ne repugnate vestro bono et hanc spem, dum ad verum pervenistis, alite in animis libentesque meliora excipite et opinione ac voto iuvate. Esse aliquid invictum, esse aliquem, in quem nihil fortuna possit, e re publica est generis humani. (19.4)

賢者には別の助け、これと反対のものがある。君たちは戦いの最中だが、彼はすでに勝利を収めている。君たち自身の善に抗ってはならない。君たちが真理に到達するまでのあいだ、この希望を心に育み、より善き教えを進んで受け取り、想いと祈りで培いたまえ。決して敗れぬものが存在すること、運命が何の力ももたない人間がいること、それは人類の国家のためになるのだ、と。(p.82-83)

 セネカの「倫理論集」は「対話編」とも呼ばれるが、プラトンのそれのように特定の人物が登場するわけではない。仮想的な質問に自ら答えるというスタイルで、往々にして自らとの対話の様相を呈している。
 理想としてのストア的賢人とセネカの中にある消しがたい情念とが、せめぎ合っているようにも見える。


 次は『幸福な生について』を読む。
 兼利琢也を離れ、大西英文の訳と注を参照することになる。