本の覚書

本と語学のはなし

仕事と日/ヘーシオドス

 遺産分配によって争いのあった弟ペルセスに、労働の尊さを説くという体裁で作られている。
 ホメロスは決して自分語りをしなかったので、どこで生まれたのかもはっきりしないが、ヘシオドスについては彼自身が語るところによって、ある程度のことが分かるのである。

父上はその昔、アイオリスの町キューメーを後にして、
黒き船で大海を渡り、この地へ来られた。
父上が逃れてこられたのは、富でも金でも安楽な暮しでもない、
ゼウスが人間に下される苦しい貧困からであったが、
ヘリコーン山のほとり、侘しき寒村に住みつかれた、
冬は辛く、夏は凌ぎがたく、四時住みやすからぬアスクレーの村にな。(p.84)

 ヘシオドスとペルセスの父は、船による投機的商売に失敗し、小アジアからボイオティアの寒村に逃れてきたらしい。ヘシオドスも元は農作業をして暮しを立てていたが、ヘリコン山のムーサに詩の賜を授かった。


 女性嫌いであったかもしれない。
 プロメテウスが火を盗んだ罰として、ゼウスは人類に女性という災厄を与えた。それがあのパンドラであった。
 またこんな言葉もある。

尻を目立たせてめかしこみ、そなたの納屋を窺いつつ、
甘い言葉でたらしこむ、そのような女に迷わされてはならぬぞ。
女を信用するような男は、詐欺師をも信用する。(p.55)

 良妻に勝るものはないとしつつも、悪妻はひどく恐れた。

良妻に勝るもらいものはなく、
悪妻を凌ぐほどの恐るべき災厄もない。
食い意地がはり、いかに頑健な夫でも、
火も使わずに焼き焦がし、早々と老いこませてしまうような嫁のことじゃ。(p.91-92)

 近所の笑いものとならぬよう、結婚前にぬかりなく調べなさいともいう。


 『仕事と日』はウェルギリウスの『農耕詩』にも影響を与えているが、それより以前、『牧歌』を書いていた時からヘシオドスには興味を示していたようだ。
 例えば第6歌に、こんなシレノスの言葉がある。

この葦笛は、ムーサたちが君に贈る。さあ、取りなさい。
これは昔、アスクラの老人に贈られた笛。彼はその音に合わせて
歌いながら、堅いマンナの木を山から降らせたものだった。

 アスクラ(アスクレ)の老人とはヘシオドスのこと。ヘシオドスが歌えば、堅い木も山から降りてこれを聞きに来ようとしたということらしい。
 ただし、ヘシオドスにそのような逸話が残っているわけではないようだ。