本の覚書

本と語学のはなし

【ラテン語】これほどの歌のお返しに【牧歌5】

 ウェルギリウス『牧歌』第5歌の80-84行(モプススの言葉)と85-87行(メナルカスの言葉)である。
 翻訳は京都大学学術出版会の小川正廣のもの。

Mopsus
Quae tibi, quae tali reddam pro carmine dona?
Nam neque me tantum venientis sibilus Austri
nec percussa iuvant fluctu tam litora, nec quae
saxosas inter decurrunt flumina vallis.

モプスス
これほどの歌のお返しに、いったいどんな贈り物を君にすればよいだろう。
吹きつのる南風が鳴る音も、波に打たれる
浜辺のざわめきも、岩多き谷間を
流れ落ちる川も、これほど僕を喜ばせはしない。

 第5歌はモプススとメナルカスの歌合戦である(判定者はいないが)。
 前者は競争心が強いが、後者は穏やかにそれをかわす。前者はダプニスの死を歌い、後者は彼の死後の神格化を歌う。
 ダプニスを愛したモプススは、メナルカスの歌を素直に喜び、自ら甲を脱ぐのである。

Menalcas
Hac te nos fragili donabimus ante cicuta.
haec nos “formosum Corydon ardebat Alexim,”
haec eadem docuit “cuium pecus? an Meliboei?”

メナルカス
まずぼくが君に、このか細い毒人参の笛を贈ろう。
この笛こそ、「コリュドンが美しいアレクシスへの愛に燃えていた」と、
「それは誰の家畜か、メリボエウスのか?」を僕に教えてくれたのだ。

 これに対してメナルカスは、自分の方こそ先に贈り物をさせて欲しいと言う。「毒人参の笛」は単に「葦笛」と訳されることもあるが、小川の注によれば、毒人参は「茎が管状で、シュリンクスを作るために葦の代わりに用いられた」のだという。
 文法に一言触れておくと、通常「与える」という動詞は人を与格(間接目的語)、物を対格(直接目的語)に取るのが普通であるし、donoという動詞もそのように使われることもあるのだが、「プレゼントをする」という場合には、人が対格になり、物が奪格になるのである(したがって、hac … cicutaの二つのaは長母音である)。誰に与えるのかということが焦点になるのだろうか。


 次に二つの引用符が出てくる。
 それぞれ第2歌の冒頭「Formosum pastor Corydon ardebat Alexim,」と第3歌の冒頭「Dic mihi, Damoeta, cuium pecus? an Meliboei?」から取られている。
 このことが意味するのは、メナルカスがウェルギリウス自身の体現であり、少なくとも第2歌と第3歌は第5歌以前に作られていた、ということであるとされている。


 ちなみに、メナルカス=ウェルギリウスはダプニスの神格化を歌ったわけであるが、ダプニスとは誰かという議論もあって、その辺りは河津千代訳の解説に紹介されている。
 候補は、第一に友人のクインティリウス・ウァールス、第二に弟のフラックス(彼の死をウェルギリウスはダプニスの名で悼んでいる)、第三に伝説の羊飼ダプニス、第四にユリウス・カエサル
 この内、最も有力視されているのがカエサルであるという。

ダプニスの名のもとにカエサルの死と昇天をうたった時、彼は一つの飛躍をとげた。これ以前に書かれた第二歌、第三歌(そして多分第七歌も)はいかにものどかな牧歌であったが、この第五歌以降の彼の詩には、真剣な政治的感心がはっきりと現れてくる。(p.114)


 『牧歌』は全部で10歌からなる。これでようやく半分終えたことになる。
 学習のメニューはまだ完成したとは言い切れないが、現在地は二分割制を廃止し、毎日同じことを繰り返すというもの。
 したがって、ウェルギリウスがそのメニューに入っている限り、毎日ウェルギリウスを読むことになる。折り返し地点に至ったスピードの数倍は速く後半を走り抜けることができるはずである。問題は継続可能かどうかである。


 参考までに、現在のメニュー表を書いておく。まだ少し多すぎるとは思う。
  ① モンテーニュ(フランス語+英訳)
  ② ホメロスギリシア語)
  ③ ウェルギリウスラテン語
  ④ ニュース(英語は主としてCNN、フランス語はfranceinfo)
  ⑤ The New York Times朝日新聞が発行しているInternational Weekly)
  ⑥ Le Monde diplomatique
  ⑦ 学習参考書(数学、物理、歴史)
  ⑧ 和書(モンテーニュ、古典古代、歴史、キリスト教、宇宙など)