本の覚書

本と語学のはなし

古代ギリシアの歴史/伊藤貞夫

 副題が「ポリスの興隆と衰頽」とある通り、ポリスとしてのギリシアのみを扱っており、マケドニアの動向はポリスの衰頽と関連する限りにおいて記述されるだけである。したがって、アレクサンドロス大王の東征のことは何も書かれない。


 ホメロスを史料として扱うのには慎重でなくてはいけない。
 詩が歌う英雄の時代は、必ずしもミケーネの遠い昔を伝えているだけではない。詩が作られた所謂「暗黒時代」、あるいはポリス成立当初の社会をも反映しているのかもしれない。

 王や英雄の世界を描くホメロス詩篇のなかで、テルシスは個性をもって登場する唯一の平民である。彼の軍会での発言は、オデュッセウスによって封ぜられ、同じ平民出身の兵士たちからさえも嘲笑される。しかし注目すべきは、結果がこのようなものにおわろうとも、テルシスが全員の集会で、総大将を堂々とやりこめている事実そのものである。帰国の決定という重要事は、王たちの間での相談にとどめず、全員の集会にはかるという慣例、そこにも民衆の地位を想像する鍵を見いだすことができる。
 これは明らかにミケーネ時代の王と民衆との関係ではない。ポリス成立当初の、貴族と平民との関係の投影をそこに見るべきであろう。(p.120-121)