本の覚書

本と語学のはなし

京大おどろきのウイルス学講義/宮沢孝幸

 著者は獣医学の人である。なぜ獣医がウイルスの話をするのかといえば、専ら人間を扱う医学で知られているウイルスは、人間に病気を引き起こす限られた種類でしかないのに対し、動物の世界にははるかにたくさんの病原性ウイルスが存在するからである。
 動物を侵すウイルスが直ちに人間に感染するとは限らないし、人体に入ったとして病気を発現するとも限らないが、予め研究をしておけばいざという時に迅速に対応できる可能性が高くなる。
 更にいえば、予算がつかないので調査は進んでいないようだが、動物にとって病原性でないようなウイルスに対しても、それがいつ人間に対して毒性を有するようになるか分からないのだから、次のパンデミックを阻止するためには、網羅的に研究する必要があると著者は考える。


 この本は新型コロナウイルスが猖獗を極めている時期だからこそ出版されたのかも知れないが、必ずしもコロナウイルス入門として書かれたわけではないようだ。
 ウイルスはただ病気や死をもたらすだけではない。生物の進化に深く関わってきたという一面もある。例えば哺乳類に胎盤が形成されたのは、レトロウイルスによって書き換えられたDNAのおかげであるらしい。
 地球環境が大きく変化するような宇宙的なイベントが起こるとき(太陽の大規模なコロナ質量放出とか地球の地軸反転、あるいはひょっとするとガンマ線バーストなど)、レトロウイルスによるDNAの逆転写が活発になるともいう。それが環境に適応するための進化を促してきたのかも知れない。
 ウイルスとの共進化こそ、著者の関心の中心なのである。