本の覚書

本と語学のはなし

ジュリアス・シーザー/ウィリアム・シェイクスピア

おまえもか、ブルータス! 死ぬほかないぞ、シーザー!(第3幕第1場)

Et tu, Brutè?―Then fall, Caesar. (3.1)

 初めての作品だとばかり思っていたが、古本で買ったわけではないのに読んだ形跡がある。読み始めてみると、確かに記憶がある。ブログに記録は残っていないから、相当昔のことであるらしい。
 してみると、案外未読のシェイクスピアは少ないのかもしれない。


 ジュリアス・シーザーというのは、ユリウス・カエサルのことである。
 シーザーが主人公であるのかどうか、昔から意見の分かれるところだった。というのも、シーザーは劇の中程で早くも暗殺されてしまうのだ。
 引用したのは、凶刃に倒れるシーザーの有名なセリフ。「Et tu, Brute」はラテン語である。それ程に、当時からよく知られた言葉だったのだろう。出所は材源とされるプルタルコスの『英雄伝』ではなく、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』。

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

ローマ皇帝伝 上 (岩波文庫 青 440-1)

 調べてみると、スエトニウスの著作はラテン語で書かれており、カエサルラテン語母語とするローマ人であったが、このセリフはギリシア語で「καὶ σὺ τέκνον;」と言われたことになっている。岩波文庫の国原吉之助訳では「お前もか、倅よ」。注釈には次のように書かれている。

「倅」と訳したギリシア語「テクノン」は「若僧」ぐらいの意。一般に「わが子」と訳されるが、ブルトゥスは前85年生れで、カエサルはそのとき15歳。二人が父子ということは想像できないだろう。(p.308-9)

 いつの間にかギリシア語がラテン語に訳され、「倅よ」が「ブルータスよ」に置き換えられたものらしい。


 そして、劇の前半がそうであったように、後半もそのブルータスを中心に展開され、最後はブルータスの死をもって悲劇が完結する。
 主人公はブルータスであったと言うべきかもしれない。