本の覚書

本と語学のはなし

ところがスルラの客人は【フランス語】

Oeuvres complètes de Montaigne

Oeuvres complètes de Montaigne

  • メディア: ハードカバー
 第1巻第1章「人はいろいろな方法によって同じ結果に到達する」より。

Et l'hoste de Sylla ayant usé en la ville de Peruse de semblable vertu, n'y gaigna rien, ny pour soy ny pour les autres.


 関根秀雄訳。

ところが、スュルラの客は、ペルシア市において同じような徳を行なったのに、自分自身のためにも、ほかの人々のためにも、何の得もしなかった。(p.13)

 注によれば、「スュルラの客」とは小マリウスのことである。「敗れて敵に降り自決した」。


 原二郎訳(私が現在持っているのはワイド版である)。

ところがスルラの客人はペルシア市で同じ勇気を示したのに、自分のためにも他人のためにも、何の得るところもなかった。(p.14)

 注によれば、出典はプルタルコス倫理論集「政治訓」。「ペルシア市」とあるのは「プラエネステ」の誤り。「ローマの東約二キロにある町」。
 ただし、プレイヤード版の注を見ると、モンテーニュが読んでいたアミヨ訳では「Pérouse」となっているらしい。


 さて、どうも両邦訳の「客人」というのが分からない。
 モンテーニュが使っている「hoste」は現代語では「hôte」のことだろうから、客でもありうるが、主人でもありうる。
 手元にある2種類の英訳を見ると、ともに「host」としている。英語ではこの語に主人の意味しかないようである。
 それとも、小マリウスならば客でも主人でもなさそうであるから、モンテーニュとしてはラテン語の「hostis」、すなわち敵というつもりで「hoste」を用いたのだろうか。


 『プルタルコス英雄伝』でスルラのところを見てみる。

その間にマリウスは、つかまるきわに自殺した。スルラはプラエネステに行き、初めは個別に一人ずつ審理して処罰したが、あとになるとひまもないので、一万二千人を一箇所に集めて、ただ一人彼の宿主だった者を許したほかは、全員の虐殺を命じた。ところがその人は、スルラにむかって、自分は決して、祖国を殺す人に対して、助命の恩義を感じはしないであろう、と気高くも述べ、進んで市民たちと共に死についた。(p.418-9)

 これを見ると、第一に、関根が問題の人物を小マリウスとしているのは誤りである。
 第二に、この人物はスルラの客人ではなく、スルラがプラエネステに行ったときに、恐らくは接収して宿とした家の主人である。


 『モラリア(倫理論集)』の方も見てみた。電子書籍で安く購入できる、古い英訳である。

But Sulla’s guest-friend, practicing virtue of the same sort but not having to do with the same sort of man, met with a noble end. For when Sulla, after the capture of Praeneste, was going to slaughter all the citizens but was letting that one man go on account of his guest-friendship, he declared that he would not be indebted to the slayer of his fatherland, and then mingled with his fellow-citizens and was cut down with them.

 「guest-friend」という言葉は辞書に載っていないが、ゲストという言葉に、やはり「客人」が正しいのかという気にもなる。


 原文をネットで調べてみた。
 先ずは『英雄伝』の方。

ἐν τούτῳ δὲ Μάριος μὲν ἁλισκόμενος ἑαυτὸν διέφθειρε, Σύλλας δὲ εἰς Πραινεστὸν ἐλθὼν πρῶτα μὲν ἰδίᾳ κατ᾽ ἄνδρα κρίνων ἐκόλαζεν, εἶτα ὡς οὐ σχολῆς οὔσης πάντας ἀθρόως εἰς ταὐτὸ συναγαγών, μυρίους καὶ δισχιλίους ὄντας, ἐκέλευσεν ἀποσφάττειν, μόνῳ τῷ ξένῳ διδοὺς ἄδειαν. ὁ δὲ εὐγενῶς πάνυ φήσας πρὸς αὐτὸν ὡς οὐδέποτε σωτηρίας χάριν εἴσεται τῷ φονεῖ τῆς πατρίδος, ἀναμιχθεὶς ἑκὼν συγκατεκόπη τοῖς πολίταις.

 続いて『モラリア』の方。

ὁ δὲ Σύλλα ξένος ὁμοίᾳ μὲν ἀρετῇ πρὸς οὐχ ὁμοίαν δὲ χρησάμενος εὐγενῶς ἐτελεύτησεν ἐπεὶ γὰρ ἑλὼν Πραινεστὸν ὁ Σύλλας ἔμελλε τοὺς ἄλλους ἅπαντας ἀποσφάττειν ἕνα δ᾽ ἐκεῖνον ἠφίει διὰ τὴν ξενίαν, εἰπὼν ὡς οὐ βούλεται σωτηρίας χάριν εἰδέναι τῷ φονεῖ τῆς πατρίδος, ἀνέμιξεν ἑαυτὸν καὶ συγκατεκόπη τοῖς πολίταις.

 いずれもギリシア語では「クセノス」という言葉が使われている。


 リデル=スコットを調べると、語義に「guest-friend」が出てきた。しかも、id est (=that is) で説明を加えてくれている。

a guest-friend, i. e. any citizen of a foreign state, with whom one has a treaty of hospitality for self and heirs, confirmed by mutual presents (ξένια) and an appeal to Ζεὺς ξένιος, Hom.

 しかし、この場合にはそぐわないようである。
 むしろこちらの語義の方が参考になるだろう。

of one of the parties bound by ties of hospitality, i. e. either the guest, or = ξεινοδόκος, the host, Id=Hom., Hdt., etc.

 元来は外国人であり、もてなしを受ける客であるのだが、それが同時にもてなす側の主人をも表すのである。フランス語と一緒だ。
 『英雄伝』の訳者に信頼を寄せることにして、そしてスクリーチとフレームによる『エセー』の英訳も素直に受け取ることにして、関根訳と原訳の「客人」を「宿主」と訂正したい(それが小マリウスでないのは言うまでもない)。


 結論。
 宮下志朗訳も購入するべきである。
 プルタルコスの『モラリア』も読みたい。


【家庭菜園】
 サツマイモを収穫した。
 収穫の目安は本によって90日から150日くらいまでかなり幅がある。私は約110日。
 期待していたほどの成果にならなかったのは、まだ早すぎたのか、真面目につる返しをしなかったせいなのか。
 来年はどうしようか。私としては別の作物にした方がいいと思うのだが。


 残渣は土に埋め、早速新しい畝を立てた。
 もう少ししたらタマネギの苗を買って、植え付けたい。
 店ではもう苗を売り始めているようだ。私の住んでいる地域では、本に書いてあるよりも早く植えた方がいいのだろうか。