本の覚書

本と語学のはなし

Lady Chatterley’s Lover/D. H. Lawrence

Lady Chatterley's Lover: Cambridge Lawrence Edition (Penguin Classics)

Lady Chatterley's Lover: Cambridge Lawrence Edition (Penguin Classics)

  • 作者:Lawrence, D. H.
  • 発売日: 2008/11/25
  • メディア: ペーパーバック

 長いこと時間をかけてしまった。ひと言で言えば、不倫の物語。文学の半分は不倫でできているのかもしれない。たまたま今私が読んでいる『赤と黒』も『源氏物語』も不倫の話である。
 ロレンスの場合には、性的なものが強烈に思想と結びついている。人々の生活がマモンに支配され、その生が掠め取られていく中、宇宙と生命と和解するための壮大な役割を性が担っているようである。
 そこにまた、イギリスらしく階級の問題も絡んできて、下層階級の森番の下半身のジョン・トマスに、宇宙論的、メシア的な解放が託されるのだ。

 むかし性的描写が巻き起こしたセンセーションのことは、今の感覚では嘘のように感じられる。今の我々には、むしろ思想臭の方が気になるのではないだろうか。

参照した翻訳

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)

 伊藤整訳、伊藤礼補訳。補訳というのは珍しいが、裁判によって削除された箇所を復元して完全訳を出すにあたり、既に亡くなっている訳者に代わって、必要な修正を施したことを指しているらしい。

 歴史的価値のある訳には違いないが、訳から学ぶことはあまりない。原文を読んで何の疑念も抱かないところでも、どんなふうに訳しているのだろうと気になってついのぞいてしまう、そんな訳ではない。

 ‘Yes!’ he said at last. ‘That proves that what I’ve always thought about you is correct: you’re not normal, you’re not in your right senses. You’re one of those half-insane, perverted women who must run after depravity, the nostalgie de la boue.’

 チャタレイ夫人が森番との不倫を告白した時の、夫の反応である。
 イタリックになっているところはフランス語で「泥への郷愁」のこと。先日紹介した『どろんここぶた』のことを思い出して可笑しくなり、訳を見てみたが……。

「そうだ」とようやく彼は言った。「僕はいつも、あなたにはどうも正常でないところがある、常識を外れている、と考えていたが、それは本当だった。あなたは堕落を追いかけずにはいられない、汚辱願望の半気違いの変質者だ」(p.551)