本の覚書

本と語学のはなし

帰去来辞

 既 窈 窕 以 尋 壑    既に窈窕ようちょうとして以てたにを尋ね、
 亦 崎 嶇 而 経 丘    亦た崎嶇きくとして丘を
 木 欣 欣 以 向 栄    木は欣欣きんきんとして以て栄ゆるに向かい、
 泉 涓 涓 而 始 流    泉は涓涓けんけんとして始めて流る。
 善 万 物 之 得 時    万物の時を得たるをみして、
 感 吾 生 之 行 休    吾が生の行く行く休せんとするを感ず。


奥深い谷に入り込み、あるいはけわしい丘を越えて行く。木々は生き生きとして花を咲かせようとしているし、泉はさらさらと流れはじめている。万物がよい季節にめぐりあったのを喜ぶとともに、私の生命がそろそろ終わりに近づくのを感じ取るのである。

 陶淵明の「飲酒 其七」に形容詞句が被修飾語と離れて文頭に立つ例を見たが、「帰去来辞」にも同じような技法が使われていた。今度は『中国名詩選』にも『陶淵明全集』にも、注釈にはっきりと説明がある。「〈窈窕〉奥深いさま。『壑』にかかる形容詞。〈崎嶇〉けわしいさま。『丘』にかかる形容詞」。