本の覚書

本と語学のはなし

弁舌さわやかなネストル

 μήτε σὺ τόνδ’ ἀγαθός περ ἐὼν ἀποαίρεο κούρην,
 ἀλλ’ ἔα, ὣς οἱ πρῶτα δόσαν γέρας υἷες Ἀχαιῶν·
 μήτε σύ, Πηλεΐδη, ἔθελ’ ἐριζέμεναι βασιλῆϊ
 ἀντιβίην, ἐπεὶ οὔ ποθ’ ὁμοίης ἔμμορε τιμῆς
 σκηπτοῦχος βασιλεύς, ᾧ τε Ζεὺς κῦδος ἔδωκεν. (1.275-279)

アガメムノンよ、あなたはいかに身分が高くとも、この男〔アキレウス〕から娘を奪うようなことはせず、はじめアカイアの子らが分配したままにしておかれるがよい。またそなたも、ペレウスの子〔アキレウス〕よ、王に逆らって争おうなどと思ってはならぬ。ゼウスから栄爵を授けられ王笏を保持する王たる者には、並の者とは異なる権限が与えられているのだ。

 久し振りのギリシア語。ドイツ語と中国語で無理はしないことにしたので、ホメロスウェルギリウスに多少時間を割くことも出来るのではないかと思ったのだ。続けるならば、難しいことは考えないことだ。ただ楽しむだけでよい。

 引用は、対立する総大将アガメムノンと英雄アキレウスを、ネストルが仲裁する場面から。ネストルについては、高津春繁の『ギリシア・ローマ神話辞典』の説明を引いておく。

……《イーリアス》では彼は人間の三代目まで生きた、温和で、常識的で、饒舌で、つねに過去の自慢をする非常な老人として、やや、戯画化され、しかし、好意的に描かれている。……アガメムノーンとアキレウスの争いには彼は仲裁を行ない、彼がメムノーンに追撃された時、アンティロコスが身代りになって死んだ。トロイア陥落後、彼は無事に帰国、オデュッセウスの子テーレマコスをピュロスに迎えている。彼の妻エウリュディケーは彼の帰国の時にまだ生きていた。彼の墓はピュロスの歴史時代に存在した。……