本の覚書

本と語学のはなし

ダロウェイ夫人


 たまには『ダロウェイ夫人』から引用。

 Heaven was divinely merciful, infinitely benignant. It spared him, pardoned his weakness. But what was the scientific explanation (for one must be scientific above all things)? Why could he see through bodies, see into the future, when dogs will become men? It was the heat wave presumably, operating upon a brain made sensitive by eons of evolution. Scientifically speaking, the flesh was melted off the world. His body was macerated until only the nerve fibres ware left. It was spread like a veil upon a rock. (p.76)

 天は神々しい慈悲心、無限の恵み深さにみちている。ぼくを容赦し、ぼくの弱さを赦したもうた。だが科学的に説明するとなると(われわれはなによりも科学的でなければならないから)どうなるだろう? なぜぼくは肉体を透視し、犬が人間に変わる未来を予見できるのか? たぶんこの熱波が、幾億年もの進化の結果感じやすくなっている大脳に作用しているからなんだ。科学的にいうならば、肉体が融解しこの世界から姿を消したからなんだ。ぼくの肉体は融解し、神経繊維だけが残っている。そしてそれは岩のうえにヴェールのごとくひろげられている。(124-5頁)


 上の文章は頭に異常をきたした青年の意識の流れを追ったものだからやや特殊な内容になっているけれど、多かれ少なかれだいたいこんな調子だ。どこまでが客観的な叙述でどこからが意識の内容か判然としなかったり、意識の中で論理的なつながりが希薄であるか全く脈絡のない思考が唐突に生じたり、中間話法で3人称ばかり使われるので代名詞の指示する内容が分かりにくかったりして、案外骨が折れる。
 文法的にも破格な感じのするところがある。上の文章では、接続詞の and がことごとく省かれている。「ぼく」の意識を反映したものだろうか。最後の文章の it は his body を受けなくてはならないはずであるが、複数形の the nerve fibres を受けると考えなくては意味が通らないように思われるし、丹治訳もそのように解釈している。おそらく比較されるヴェールと揃えて、ひとまとまりのものとして考えているのだろう。こういうことを考えるのにも少し時間を取られる。


 正直いって全くはかとっていない。やっと文体に慣れてきたところである。まだ3分の2も残っている。来月中には読了できるだろうか。