本の覚書

本と語学のはなし

永平広録巻1


 暫く遠ざかっていた翻訳の通信講座に再び取り掛かる。課題を仕上げるのに二日徹夜し、今日投函してきた。でもこれで終わりではない。課題はまだ二つ残っている。仕事の開始は来年にずれ込んでしまった。翻訳でやって行けるかどうか、今でも自信は持てない。


 道元は一気に読むより、毎日少しずつの方がよさそうだ。その代わり、英仏文学の原典講読は日々の日課から外し、一般読書の中に入れる。
 現在の日課。英仏ヒアリング、日経新聞ニューズウィーク、ディプロ、道元、読書(英仏文学原典講読、経済、道元関連、思想関連等)、翻訳、運動。難関はやはり英仏文学原典講読だろう。

【読】48上堂。云く。山僧これ叢林を歴(へ)ること多からず、ただこれ等閑に先師天童に見(まみ)ゆるのみなり。然れども天童に謾(あざむ)かれず、天童還って山僧に謾かる。近来、空手にして郷に還る。所以に山僧、仏法なし。任運(にんぬん)に且(しばらく)時を延ぶ。朝朝、日は東より出で、夜夜、月は西に落つ。雲収まりて山谷静かに、雨過ぎて四山低し。三年、必ず一潤あり、鶏は五更向(に)啼く。(『全集10』47頁)


 引用した部分は、「永平広録」を縮約した「永平語録」では文章に多少の変更を加え冒頭に置いている。宋から何も持ち帰らなかった。仏法すらない。朝になれば太陽は東に昇り、夜になれば西に沈む。ただそれだけだ。大変に有名な文章である。