本の覚書

本と語学のはなし

慰留

 人事課人事係より電話があった。組合に退職予定者の情報を与えるのだが、私の名も入れてよいのか、という確認である。「お願いします」「分かりました」。それだけの事務的な会話で終わった。電話の主は人事係でも一番若い主事であるせいか。
 その電話を取り次いだ我が職場のナンバー・ツーが、未だ退職願を出していないのならもう一度考え直すべきだと言う。8月末に退職を宣言して以来、初めて慰留しようという人が現れた。しかし、後戻りは出来ない。
 なぜなら…。


 昨日、我が職場のトップと私の直属の上司である係長が、ある事件のことで人事課に呼ばれた。そのついでに、人事課長と人事係長は私の退職理由も尋ねたと言う。ようやく今頃、他の用件のついでにである。そしてそれは、理由を聞くに留まった。人事課にとって、私は慰留の対象でもないし、その退職理由も主たる関心事項とはならないのである(慰留はともかくとして、退職理由を分析することは人事課の務めではないかと思う)。
 このことが物語るのは、現在私が山の中で働いているのは、左遷であったということであろう。私が自ら退職を申し出たのは、願ったり叶ったりであったのだろう。
 したがって、退職を撤回なんてとんでもない話なのである。危険極まりないといっても差し支えない。


 1日の業務が終了する頃、ナンバー・ツーに別室に呼ばれ、再び辞めるべきではないと言われる。
 引き止めようとする理由はただ1つ。公務員は安定しているから。趣味は生活の基盤がしっかりしてこそ出来るものだ、少し我慢すれ老後に至るまで保障されるのだ、と言う。公務員に多くを期待する人には申し訳ないが、これが私たち公務員の不潔ながらも平均的な感覚だと思う。
 私の決断が同僚の公務員に理解されることはないだろう。安定第一だからこそ公務員になったのである。それによって侵食されるものを持たないからこそ、公務員になったのである。その鈍感さに呪いあれ、と叫びたくなる。
 早めに退職願を出してしまおう。