本の覚書

本と語学のはなし

【英語】橇に乗ったポーランド兵をたたきのめされた

 現在英語では『ハムレット』を試し読みしている。
 古典だから仕方のないこととはいえ、テキスト批判に一々付き合っていたのでは、いくら時間があっても足りない。そんなシェイクスピアの難しさを感じたところ。


 第1幕第1場、先王ハムレット(主人公ハムレットの父親)の亡霊を見たホレーシオのセリフ。

As thou art to thyself.
Such was the very armour he had on
When he th’ambitious Norway còmbated.
So frowned he once when in an angry parle
He smote the sledded poleaxe on the ice.
'Tis strange.

 注には、‘sledded poleaxe’ は ‘hammered-headed battle-axe’ のことだと書いてある。ハンマーのついた戦闘用の斧のことらしい。
 談判の最中、怒りに駆られてハムレットは戦斧を氷の上に叩きつけたのである。


 小田島雄志と三神勲と福田恆存の訳。

まさに瓜二つだ。
あの甲冑は、野心満々のノルウェー王と
一騎打ちをされたときのものだし、
あの気難しいお顔は、談判決裂して
橇に乗ったポーランド兵をたたきのめされた
あのときと同じだ。不思議というほかない。


まったく陛下そのままだ。
あの甲冑も陛下のとまったく同一だ、
あれを召して野心家のノルウェー王との戦さに出陣なされた。
それにあの顔つきはポーランド王との談判の最中、憤激のあまり
橇に乗った敵将どもを氷の上に投げ飛ばされた時そのままの顔だ。
じつに不思議だ。


ハムレット (新潮文庫)

ハムレット (新潮文庫)

そっくりどころか。装いもおなじ、あの思い上がったノールウェイ王と一戦まじえたおりに着けておられた甲冑そのまま。それに、眉根をひそめた気むずかしい表情は、氷原の闘いで橇に乗ったポーランド兵を怒りにまかせて問答無用と一蹴された、当時をさながら眼前に見るおもい。不思議なこともあればあるものだ。

 いずれも問題の箇所は「橇に乗ったポーランド兵」のことだとしている。
 それもそのはずで、現代版の編集者はほとんど ‘sledded Polacks’ というテキストに作っているからだ。


 辞書編集者たちによる解説。

Oxford Illustrated Shakespeare Dictionary

Oxford Illustrated Shakespeare Dictionary

This word is derived from ‘Pollax’ found in the First Folio and the First and Second Quarto texts. Some editors emend it to ‘poleaxe’, so that the phrase would mean ‘a battle-axe made like a sledge-hammer’.

 これは Polack の項にある説明。もともとのテキストには ‘Pollax’ とあるのだという。


Shakespeare Lexicon and Quotation Dictionary, Vol.II

Shakespeare Lexicon and Quotation Dictionary, Vol.II

Almost all M. Edd. the sledded Polacks, i. e. Polanders conveyed on sledges, whom Hamlet is supposed to have fought and defeated on a field of ice. But the whole scene is evidently taken from a war against Norway, where ice-fields may be expected; besides, he smote the Polacks cannot well be = he beat or defeated the Polacks, but only = he struck them.

 これは Sledded の項にある説明。Schmidt はニュー・オックスフォード現代版と同じ立場にあるようだ。
 先王ハムレットに敗れたノルウェー王にはフォーティンブラスという息子がいて、初めはデンマークに復讐しようとしていたが、諦めた後にはポーランド遠征に出かける。主人公ハムレットはこれを見て発奮する。
 しかし、この場面で話題になっているのは専らノルウェーとの戦いであり(ホレーシオらが夜警をしている理由もこれである)、氷原という場もノルウェーとの戦いにこそ相応しい。また、ポーランド兵を打ち負かすのにただ彼らを投げ飛ばした、あるいは殴り倒しただけというのも、しっくりこない。

参考

 元のテキストを再現したもの。

As thou art to thy selfe.
Such was the very Armor he had on,
When he the ambitious Norway combated,
So frownd he once, when in an angry parle,
He smot the sleaded pollax on the ice.
Tis strange.