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竹取物語を始める

竹取物語  新潮日本古典集成 第26回

 『源氏物語』は「蓬生」を終えた。醜女といわれる末摘花と再会し、やがて自分の屋敷へと招き移させる話。

なげの御すさびにても、おしなべたる世の常の人をば目とどめ耳たてたまはず、世にすこしこれはと思ほえ、ここちとまる節あるあたりを尋ね寄りたまふものと人の知りたるに、かく引き違へ、何ごともなのめにだにあらぬ御ありさまをものめかし出でたまふは、いかなりける御心にかありけむ。これも昔の契りなめりかし。

 だんだんと『源氏』の文章も読めるようになってきたので、折々並行して他の古典作品にも手を出してみることにする。
 『竹取物語』は短いし、文意も取りやすそうというだけの理由で選択した。高校時代に岩波文庫で読んだことがあるが、当時の知識でもだいたい意味は取れたと思う。

今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、讃岐の造(みやつこ)となむいひける。その竹の中に、本(もと)光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうて居たり。

 「三」は一種の神聖数だったらしく、この物語でもしばしば「三」という数が出てくるという。