本の覚書

本と語学のはなし

『翻訳とは何か 職業としての翻訳』


山岡洋一『翻訳とは何か 職業としての翻訳』(日外アソシエーツ
 山岡洋一というと、最近ではグリーンスパン『波乱の時代』やアダム・スミス国富論』、古典新訳文庫のミル『自由論』などを訳している。ちょっと前には、ちくま新書から『英単語のあぶない常識』という本も出している。良書らしいが、今は手に入らなくて残念。
 『翻訳とは何か』では、副題が示すとおり、翻訳は一生の仕事とするだけの価値があるのだということを力説する。その一方で、翻訳教育産業の隆盛は歓迎しない。
 長くなるが、ここは引用しておきたい。


 翻訳教育産業は、翻訳に対して最終責任を負いたくないが、翻訳というあこがれの仕事にかかわっていたいと考える人たちを大量に生み出している。翻訳とは外国の知識を学び伝える仕事である。学ぶことにも伝えることにも全責任を負う仕事である。最終責任を負う点こそが翻訳の魅力の源泉である。翻訳はきびしく、むずかしい仕事だ。だからこそ翻訳は面白く、一生をかけて悔いのない仕事なのだ。
 翻訳教育産業のなかにあっても、翻訳の難しさを、そして難しさと表裏一体の関係にある翻訳の魅力を学習者に伝えようとしている翻訳者や教育者はたくさんいる。翻訳学校で難しさや厳しさを教える講師にぶつかったら、翻訳を真剣に教えようとしていると思っていい。学習を続けても物にならないから止めたほうがいいと助言する講師にぶつかったら、後進の育成に真剣だと思っていい。具体的なノウハウは各自で考えなさいと突き放して、心構えや考え方など、一見役立ちそうにないことばかり話す講師にぶつかったら、ほんとうに親切なのだと思っていい。(218-9頁)


 山岡自身も翻訳の技術を教えてはくれない。あくまで「心構えや考え方」を懇々と説き聞かせるだけである。
 金子武蔵と長谷川宏の『精神現象学』の比較に始まる翻訳論なんて、なかなか読めるものではない。

翻訳とは何か: 職業としての翻訳

翻訳とは何か: 職業としての翻訳