- 作者:萩原 朔太郎
- 発売日: 1950/12/10
- メディア: 文庫
一つだけ詩の引用。嫌いなものの見本としてではない。付箋を付けておいたのだが、読み返してみると、なぜこれを後で書写しようと思ったのか疑問には思うのだけど。
乃木坂倶楽部
十二月また来たれり。
なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み
荒漠たる洋室の中
壁に寝台を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや
既に人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢えたるかな。
我れは何物をも喪失せず
また一切を失ひ尽せり。
いかなれば追はるる如く
歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて
昼もなほ酒場の椅子に酔はむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く
情緒もまた久しき過去に消え去るべし。
十二月また来たれり。
なんぞこの冬の寒きや。
訪ふものは扉を叩つくし
われの懶惰を見て憐れみ去れども
石炭もなく暖炉もなく
白堊の荒漠たる洋室の中
我ひとり寝台に醒めて
白昼もなほ熊の如くに眠れるなり。