本の覚書

本と語学のはなし

枕草子「女房たちの暴走」

 左衛門の陣まで行きて、倒れさわぎたるもあめりしを、「かくはせぬ事なり。上達部のつきたまふ椅子などに、女房どものぼり、上官などのゐる床子どもを、みなうち倒しそこなひたり」など、くすしがる者どもあれど、聞きも入れず。(155 故殿の御服のころ

 左衛門の陣まで物見に行って、ふざけて倒れんばかりに騒いだ人もあったようなのを、「こんなふうにはしないものです。上達部が着席なさる椅子などに、女房たちがのぼって、政官などの座る床子を、みなうち倒してこわしてある」などと、まじめに咎め立てをする者たちもあるけれど、女房たちは耳もかさない。


 道隆の喪に服している時、宮中の大祓にあたり内裏を出る。職の御曹司に行くべきところだが、あいにく方角が悪いので太政官庁の朝庁(あいたどころ)というところに泊まることになる。女房たちは気分が高揚してしまったか、庭で遊び、隣の陰陽寮の鐘楼に登り、果ては左衛門の陣まででかけて狼藉をはたらく。清少納言は他の女房たちより年長なので、見たり聞いたりしているだけのようであるけれど。


 さて、働くとなると、3つの柱のバランスも考えなくてはならなくなる。今のところ有力なのは、職場の休み時間にタイム、帰宅後に日本古典文学、英米文学フランス文学(1日交代か1週間交代か1冊交代?)、歴史参考書少々、時間があれば英仏の聞き取り、気が向けば日記の更新。タイムを諦めてしまって、職場で古典を読み、家で英米文学フランス文学を同時に読むという手もある。仕事の様子を見ながら、試行錯誤することになるだろう。