本の覚書

本と語学のはなし

ダロウェイ夫人


 二詞一意とか二語一想とかいう言葉がある。二つの言葉を等位接続詞で並列させてはいるが、実質的には一方が他方を修飾する関係にあって、全体で一つの意味を表現するという技巧のことだ。辞書で hendiadys を調べると、〈nice and warm〉が〈nicely warm〉のことであり、〈cups and gold〉が〈golden cups〉を意味するという例が出ている。

 Through all ages ― when the pavement was grass, when it was swamp, through the age of tusk and mammoth, through the age of silent sunrise... (p.90)

 あらゆる時代をつうじて――この舗道がいまだ草地であったときも、沼地であったときも、牙をもったマンモスの時代にも、いまだ夜明けが静寂に包まれていた時代にも (p.147)


 『ダロウェイ夫人』より。ここでも〈tusk and mammoth〉は文字通りには「牙とマンモス」であるけど、「牙をもったマンモス」は決して誤訳でもないし、無理をした意訳でもない。原文も初めから〈tusked mammoth〉(このように書いていいかは分からないけど)を意味しているのである。たぶん。