本の覚書

本と語学のはなし

【ドイツ語】それを立てて柱とし【創世記28.18】

 昨日に引き続き、ルター聖書を読む。
 まだドイツ語とラテン語を聖書のためにしか使わないと決めたわけではない。しかし、取捨選択が必要なのは確かなことで、ルター訳とヴルガタ訳というのは私にしてみれば大きな諦めではあるのだが、恐らく大いに賢明な諦めではあるだろう。


 創世記28章18節の1545年版。

Vnd Jacob stund des morgens früe auff / vnd nam den Stein / den er zu seinen Heubten gelegt hatte / vnd richtet jn auff zu einem Mal / vnd gos öle oben drauff /

𝔙𝔫𝔡 𝔍𝔞𝔠𝔬𝔟 𝔰𝔱𝔲𝔫𝔡 𝔡𝔢𝔰 𝔪𝔬𝔯𝔤𝔢𝔫𝔰 𝔣𝔯ü𝔢 𝔞𝔲𝔣𝔣 / 𝔳𝔫𝔡 𝔫𝔞𝔪 𝔡𝔢𝔫 𝔖𝔱𝔢𝔦𝔫 / 𝔡𝔢𝔫 𝔢𝔯 𝔷𝔲 𝔰𝔢𝔦𝔫𝔢𝔫 ℌ𝔢𝔲𝔟𝔱𝔢𝔫 𝔤𝔢𝔩𝔢𝔤𝔱 𝔥𝔞𝔱𝔱𝔢 / 𝔳𝔫𝔡 𝔯𝔦𝔠𝔥𝔱𝔢𝔱 𝔧𝔫 𝔞𝔲𝔣𝔣 𝔷𝔲 𝔢𝔦𝔫𝔢𝔪 𝔐𝔞𝔩 / 𝔳𝔫𝔡 𝔤𝔬𝔰 ö𝔩𝔢 𝔬𝔟𝔢𝔫 𝔡𝔯𝔞𝔲𝔣𝔣 /

 私が読んでいるのはファクシミリ版であるから、文字は下のようなフラクトゥールである。
 しかし、本物はもう少し読みにくい(慣れれば読めないわけではない)。それと、昨日も書いたとおり、語頭語中の「長いs」はここでは再現できないので、ちょっと雰囲気を損なってしまう。


Und Jakob stand des Morgens früh auf und nahm den Stein, den er zu seinen Häupten gelegt hatte, und richtete ihn auf zu einem Mal und goß Öl obendarauf

 これは1912年版。
 母音として使われるvやjがuやiになったとか(vとu、jとiはもともと同じ文字である。形が似ているのは偶然ではない)、長母音を表すのにhを付けるようになったとか、綴りを現代語に直しただけで、ほとんどルターが訳したままである。


Und Jakob stand früh am Morgen auf und nahm den Stein, den er zu seinen Häupten gelegt hatte, und richtete ihn auf zu einem Steinmal und goss Öl oben darauf

 これは1984年版。
 大幅な変更はないが、des Morgensがam Morgenになっている。2格で時を表す古い用法を捨てて、前置詞を用いた。また、zu einem Malをzu einem Steinmalとしている。この場合のMalが「回」ではなく、「記念碑」であることをはっきりさせたのだろうか。


翌朝早くヤコブは、頭の下に置いた石を取り、それを立てて柱とし、その先端に油を注ぎ、

 フランシスコ会訳である。

参考

 ヘブライ語の原文とラテン語ウルガタ訳も載せておく。

וַיַּשְׁכֵּ֨ם יַעֲקֹ֜ב בַּבֹּ֗קֶר וַיִּקַּ֤ח אֶת־הָאֶ֨בֶן֙ אֲשֶׁר־שָׂ֣ם מְרַֽאֲשֹׁתָ֔יו וַיָּ֥שֶׂם אֹתָ֖הּ מַצֵּבָ֑ה וַיִּצֹ֥ק שֶׁ֖מֶן עַל־רֹאשָֽׁהּ׃


Biblia Sacra Vulgata

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surgens ergo mane tulit lapidem quem subposuerat capiti suo
et erexit in titulum
fundens oleum desuper

 ここでちょっと問題にしたいのがמַצֵּבָ֑הという単語である。
 ラテン語ではin titulumと訳している。ルターのzu einem Malも同じ心であろう。これらを参考にしてか、日本語訳では新共同訳が「記念碑」としている。
 しかしながら、「記念碑」という日本語は、ヤコブの行為の異教的な香り(後世から見た場合の)に蓋をしているように感じられてしまう。
 岩波聖書(もちろん「柱」と訳している)の注にいう。

「柱」の原意は「立てられた物」。油を注ぐという象徴的行為は王の即位や大祭司の任職の儀式でも行われた。油には神的威力が宿ると信じられた。但し、「石柱」を立ててこれを祀ることは、後にヤハウェ宗教とは異質とみなされ、律法で禁じられ(申16.22)、預言者に批判される(ミカ5.12他)。


 辞書を見ると「a stone, set up, and anointed as memorial of divine appearance」とあり、まさにこの場面を説明したような定義が出てくるのだが、語源は「set up」のところにあるとはっきり示されている。


 欽定訳は「set it up for a pillar」である。
 AMPは「set it up as a pillar [that is, a monument to the vision in his dream]」である。英語のpillarは「柱」も「記念碑」もどちらも意味する。それでAMPでは補足を付ける必要を感じたのだろうか。