本の覚書

本と語学のはなし

【ドイツ語】殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っておられる方【ルカ12.5】

 試しに、ドイツ語とラテン語は、聖書の原典講読の際に翻訳を参照するだけにしてみる。
 ドイツ語は1545年にルターが訳したもの(ルターの最終訳らしい)を読むのだが、フラクトゥール(いわゆる亀の甲文字)に慣れていないので、1912年改訂版も併用する。1912年版はかなり原文に近い。現代語として通用するための、必要最小限度の改変しかしていないようだ。


 ルカによる福音書12章5節の1545年版。

Jch wil euch aber zeigen / fur welchem jr euch fürchten solt / Fürchtet euch fur Dem / der nach dem er getödtet hat / auch macht hat zu werffen in die Helle / Ja / Jch sage euch / fur dem fürchtet euch.

 これは普通の文字に直したもので、下がフラクトゥール。本当は語頭語中の小文字のsには「長いs」が用いられるのだが、変換の仕方がよく分からなくて、見慣れた読み取りやすいsで代用している。

𝔍𝔠𝔥 𝔴𝔦𝔩 𝔢𝔲𝔠𝔥 𝔞𝔟𝔢𝔯 𝔷𝔢𝔦𝔤𝔢𝔫 / 𝔣𝔲𝔯 𝔴𝔢𝔩𝔠𝔥𝔢𝔪 𝔧𝔯 𝔢𝔲𝔠𝔥 𝔣ü𝔯𝔠𝔥𝔱𝔢𝔫 𝔰𝔬𝔩𝔱 / 𝔉ü𝔯𝔠𝔥𝔱𝔢𝔱 𝔢𝔲𝔠𝔥 𝔣𝔲𝔯 𝔇𝔢𝔪 / 𝔡𝔢𝔯 𝔫𝔞𝔠𝔥 𝔡𝔢𝔪 𝔢𝔯 𝔤𝔢𝔱ö𝔡𝔱𝔢𝔱 𝔥𝔞𝔱 / 𝔞𝔲𝔠𝔥 𝔪𝔞𝔠𝔥𝔱 𝔥𝔞𝔱 𝔷𝔲 𝔴𝔢𝔯𝔣𝔣𝔢𝔫 𝔦𝔫 𝔡𝔦𝔢 ℌ𝔢𝔩𝔩𝔢 / 𝔍𝔞 / 𝔍𝔠𝔥 𝔰𝔞𝔤𝔢 𝔢𝔲𝔠𝔥 / 𝔣𝔲𝔯 𝔡𝔢𝔪 𝔣ü𝔯𝔠𝔥𝔱𝔢𝔱 𝔢𝔲𝔠𝔥.


Ich will euch aber zeigen, vor welchem ihr euch fürchten sollt: Fürchtet euch vor dem, der, nachdem er getötet hat, auch Macht hat, zu werfen in die Hölle. Ja, ich sage euch, vor dem fürchtet euch.

 これが1912年版。綴りの違い以外はほぼ同じである。
 前置詞のfurがvorになっているだけである。現代語では、fürchtenは再帰代名詞を取って、恐れる対象の前にvorを置く。自動詞の場合には、前置詞にfürを使う。しかし、fürとvorは元来同じ言葉であった。ルターの頃には、まだ使い分けがなされていなかったようである。


Ich will euch aber zeigen, vor wem ihr euch fürchten sollt: Fürchtet euch vor dem, der, nachdem er getötet hat, auch Macht hat, in die Hölle zu werfen. Ja, ich sage euch, vor dem fürchtet euch.

 これは1984年版。
 一見1912年版と変わらないようだが、不定詞句がzu werfen in die Hölleからin die Hölle zu werfenとなっている。現代文法により忠実になっているわけである。
 この例では分からないが、1984年版では、古い単語を新しいものに置き換えたり、表現を変えたり、テキスト批判に新たな視点を持ち込んだりしている。したがって、1545年版を読むための助けとはなりにくい。
 1984年版を使うとすれば、古い表現が分かりにくく感じられるときだろう。


誰を恐れるべきか、あなた方に 教えよう。殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうだ、あなた方に言っておく。この方を恐れなさい。

 フランシスコ会訳である。

参考

 ギリシア語の原文とラテン語ウルガタ訳も載せておく。


ὑποδείξω δὲ ὑμῖν τίνα φοβηθῆτε· φοβήθητε τὸν μετὰ τὸ ἀποκτεῖναι ἔχοντα ἐξουσίαν ἐμβαλεῖν εἰς τὴν γέενναν. ναὶ λέγω ὑμῖν, τοῦτον φοβήθητε.


Biblia Sacra Vulgata

Biblia Sacra Vulgata

  • Hendrickson Publishers
Amazon

ostendam autem vobis quem timeatis
timete eum qui postquam occiderit habet potestatem mittere in gehennam
ita dico vobis hunc timete

 ドイツ語のHölleは日本語訳と同じく地獄のことである。
 しかし、ラテン語訳を見れば分かるとおり、原文で用いられているのはゲヘナという言葉である。ゲヘナはヒンノムの谷のことである。エルサレム城外のごみ捨て場で、その処理のために火が燃やされ続けていた。罪人もそこに埋葬されたという。旧約の時代には、モレク神への幼児犠牲が行われた場所でもある。