本の覚書

本と語学のはなし

更級日記/秋山虔校注

 最初に少女時代の過剰な物語愛が語られるが、物語のようなことは実生活では何も起こらず、やがてそれへの傾倒は「よしなしごと」であったと悔やまれる。信心深くなったのか、しばしば寺詣でに行くようになるが、それとてもっと身を入れるべきであったと悔やまれる。最後は一人取り残されて、阿弥陀仏の救いを頼みにするのである。

 人々はみなほかに住みあかれて、ふるさとに一人、いみじう心ぼそく悲しくて、ながめあかしわびて、久しうおとづれぬ人に、
   茂りゆく蓬が露にそぼちつつ
     人に訪はれぬ音をのみぞ泣く
尼なる人なり。
   世のつねの宿の蓬を思ひやれ
     そむきはてたる庭の草むら

 確かに、作者の不幸などといったところで、世の常の宿のことではないかという気はする。作者の信心などといったところで、どれ程のことかという気はする。文学少女であったから世の中への幻滅は殊更激しかったのかもしれないが、よくあったであろう平均的な悲哀であり、平均的な信仰への傾きであったように見える。
 けれど、それがこの日記の魅力なのだろう。


 菅原孝標女の作と伝えられるものに、『夜の寝覚』と『浜松中納言物語』がある。これは藤原定家による写本(御物本)の奥書に「常陸菅原孝標の女の日記なり、母、倫寧朝臣の女、傅の殿の母上の姪なり、夜半の寝覚、御津の浜松、みづからくゆる、あさくらなどはこの日記の人のつくられたるとぞ」とあるのによっているが、あくまで「とぞ」という伝聞であって、積極的に肯定も否定もする材料はないようだ。

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