本の覚書

本と語学のはなし

ヘブライ語

 ヘブライ語を学びたい病に憑りつかれそうになる。いや、本格的に旧約聖書を原典で読むところまで行かなくても、何かの時に参照できる力があればいいのだ……などと思ってみるのだが、待てよ、ちょっと参照なんて生半可の力ではできないのだし、参照できるはずの新約のギリシア語すら面倒くさくて確認してみることはないのだし、そもそも私はもうカトリックではないのだし、まだ中国語だって身についてはいないのだし、常に時間がないのを歎いてばかりいるのだし、蔵書は寒々するほど減らしてしまおうと企てているところなのだし、今は何とか熱を冷まそうとしているところ。