本の覚書

本と語学のはなし

『暁の女王と精霊の王の物語』 〔55〕


●ネルヴァル『暁の女王と精霊の王の物語』(中村眞一郎訳,角川文庫)
 リバイバル・コレクションの一冊。旧字体、旧かなづかい。翻訳は古めかしい直訳調。例えば、「今後は私はそこに何らの場所をも占めてゐないこの王を、あなたのお心の中で妨げることを愼みませう」(116頁)というセリフがあるが、「そこに」というのは後から出てくる「あなたのお心の中」のことを言っているのだろう。関係詞は万事この調子で訳し上げられている。この詩人らしさを表現する効果を狙ってのことだろうか?
 しかし、読みにくさを感じるのは決してそれだけの理由ではない。私は卒論でホフマンの『黄金の壺』を扱って以来、ロマン主義から決別しようとしてきた。ここに書かれていることは、ホフマンほどバロック的ではなく、端正な印象は受けるものの、まぎれもなくロマン主義の思想である。ソロモンとシバの女王に題材を借りつつ、ソロモンの知に抗い、精霊の末裔たる高貴な種族として芸術家が礼讃されている。今となってこのような物語を読むと、戸惑ってしまう。
 ネルヴァルには熱烈なファンもいるらしい。ネルヴァリアンと呼ばれている。たしかに、単なる狂気から書かれただけの文章ではない。多少の反発を覚えつつも、気にはなる。文庫で気軽に入手と言う訳に行かないのが難だが、いずれ図書館から全集でも借りて、もう少し読んでみた方がいいかもしれない。

暁の女王と精霊の王の物語 (角川文庫)

暁の女王と精霊の王の物語 (角川文庫)