本の覚書

本と語学のはなし

新約聖書Ⅰ マルコによる福音書・マタイによる福音書/新約聖書翻訳委員会訳

 いずれも佐藤研訳。
 原文の現在形は、いわゆる歴史的現在と思われるところでも全て現在形で訳している。どこでもよいが、たまたま開いたところを例に取ってみる。マルコ第10章10節から12節、佐藤訳は以下のようになっている。

10 そして家の中で、再び弟子たちはこのことについて彼にたずね始めた。
11 すると彼は彼らに言う、「自分の妻を離縁し、加えてほかの女を娶る者は、彼女に対して姦淫する者だ。
12 また、女の方が自分の夫を離縁し、そしてほかの男に嫁ぐとすれば、彼女は姦淫する者だ」。

 これを新共同訳と比較してみる。

10 家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。
11 イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。
12 夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」

 代名詞を極力減らし、接続詞も省略して、滑らかな日本語にしようという努力の延長上に11節の過去形もある。なるべく原文に近い翻訳を求めるのなら、岩波の方がよいということになるだろう。
 ただし、佐藤の癖として、10節のように未完了過去形を訳す時に、割と何でもかんでも「~し始めた」としたり、他の場合には「~し続けた」「繰り返し~した」などとすることが多くて気になってしまう。これについては田川の訳注149頁以下を参照するとよい。

 最後に原文を。

10 Καὶ εἰς τὴν οἰκίαν πάλιν οἱ μαθηταὶ περὶ τούτου ἐπηρώτων αὐτόν.
11 καὶ λέγει αὐτοῖς· ὅς ἂν ἀπολύσῃ τὴν γυναῖκα αὐτοῦ καὶ γαμήσῃ ἄλλην μοιχᾶται ἐπ’ αὐτήν·
12 καὶ ἐὰν αὐτὴ ἀπολύσασα τὸν ἄνδρα αὐτῆς γαμήσῃ ἄλλον μοιχᾶται.