本の覚書

本と語学のはなし

購入6-3

 G. タイセン『新約聖書――歴史・文学・宗教』(教文館)。
 原著の方は既に入手して、もう読み始めている。ところが、翻訳は原著の方とは若干異なるらしい。訳者あとがきの中で大貫隆は言っている。

わたしは2002年5-7月の3ヶ月間、在外研究のため著者のもとに滞在した。本書の原著はその直前に刊行されており、わたしは到着初日に著者から1部贈られ、直ちに読了した。その後間もなく、教文館出版部の渡辺満氏からの翻訳依頼が届いた。わたし自身の中長期の仕事の予定との兼ね合いが悩ましかったが、他方で著者がわたしによる翻訳を内心期待していることも明らかだった。これまでに受けたさまざまな親切への小さなお返しとして引き受けることを決断し、帰国前の最後の歓談の折にその旨を伝えたところ、実は本になったものよりも40%ほど増補拡大した原稿があるので、是非そちらから訳してほしいとの要望であった。(p.293)

 冒頭部分を比べてみる。翻訳で太字にしたところが、おそらく増補された部分である。
 ただし、ここでの大貫の翻訳原則は、「原著〔原稿〕のその都度の論旨を可能な限り正確に再現することだけを目指しており、そのために必要な場合は、単語レベルはもちろん構文レベルでも原著〔原稿〕から思いきって離れている」(訳者あとがき、p.293)というものだから、太字にしたところが必ずしも全てタイセン自身による変更箇所かどうかは分からない。

Das Neue Testament ist die Schriftensammlung einer Subkultur im Römischen Reich, die sich durch Neuinterpretation der jüdischen Religion gebildet hat. In ihrem Zentrum steht ein jüdischer Charismatiker, den die Römer ca. 30 n. Chr. hingerichtet haben. Er tritt in ihr an die Seite Gottes. Ihre Interpretation muss verständlich machen, wie innerhalb einer monotheistischen Religion ein Mensch neben Gott treten konnte, wie sie sich dadurch für Nichtjuden öffnete und für viele Juden inakzeptabel wurde. (p.9)

新約聖書ローマ帝国の内部に存在した一つの小さな宗教的サブカルチャーの文書を集めたものである。このサブカルチャーユダヤ教に対する新しい解釈として成立した。この新しい解釈の原因およびきっかけとなったのは〔原著では「その中心にあるのは」〕、およそ紀元後27年から30年にかけて生き、最後にはローマ人によって扇動者として処刑されたユダヤ人霊能者ナザレのイエスの活動であった。彼の形姿は、新約文書において、神のすぐに立つものとなっている〔原著を直訳すれば「へ歩んだ」〕。このことをめぐる解釈にとっては、どうしてユダヤ教という一神教の信仰世界の内部で一介の人間が唯一の神のすぐに並び立つ〔原著を直訳すれば「へ歩む」〕ことができるようになったのか、また、いかにしてユダヤ人の宗教の一変種として姿を現したこの宗教〔原著のsieは「このことをめぐる解釈」を指すのだろう〕がそのこと〔原著では一人の人間が神と並び立ったことを指しているが、翻訳ではかかり具合がやや曖昧〕によって非ユダヤ人たちに向かって開かれたものとなったのか、さらには、なぜ多くのユダヤ人がユダヤ教のこの新しい変種を拒絶しなければならなかったのか〔原著では「そのことによって」はここまでかかっている〕、これらの問いに納得のゆく解答を与えることが、今日なお一つの挑戦として残されている〔原著では「なくてはならない」〕。(p.7)

 ドイツ語の教材として考えると、これほど変更があったのでは使いにくいには違いないが、簡潔すぎる表現に親切な注釈が加わったような感じだから、よほど初学者でない限りはかえって有益な補助として参照できるだろうと思う。