本の覚書

本と語学のはなし

『第三の嘘』


アゴタ・クリストフ『第三の嘘』(堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫)
 国境を超えたリュカは、双子の兄弟のもう一方の名を名乗りクラウスとして生きていく。自分の過去をノートに書き綴る。事実を書くのではない。あって欲しかったように書く。リュカの一人称で綴られる前半は、まるで前二作の縁起譚のようだ。このような体験がああした物語に変容していったのか。
 晩年になってリュカは故国に戻り、本物のクラウスに会う。二人はついに兄弟として合一することはない。リュカはノートをクラウスに託し、自殺する。後半はクラウスの一人称で綴られる。彼は残されたノートを完成させる。
 だが、我々は前作の時から既に、書き手に対する信用を完全に失っている。第三作のタイトルは、初めからこれが三つ目の嘘であると公言している。恐らくは肉を持った双子のリュカとクラウスに仮託された、故郷を喪失した作者の精神の遍歴なのかもしれない。


 三部作なので全部読むのがいいと思うが、その上で残すべきはやはり『悪童日記』だろう。

第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)