本の覚書

本と語学のはなし

『輸入学問の功罪』


●鈴木直『輸入学問の功罪 この翻訳わかりますか?』(ちくま新書
 哲学・思想の翻訳が読みにくいことと日本の近代化を(更にその背景をも含めて)関係づけるという試みに対して、三島憲一は翻訳論と近代化論との二冊に分けるようアドバイスしたそうだ。
 鈴木は言う。「ところが書き進むうちに、それが意外に奥の深い問題であることに私自身が気づかされた。そこには翻訳者の力量だけでは説明できない歴史的背景がある。アカデミズムと一般読者の断絶がある。その断絶にはまた日本の近代化の問題が絡んでいる。さらにその背景には、近代化のモデルとなったドイツの事情がある。そして根本的には、身分社会から離脱した市民社会が抱える根本問題がある」(234頁)。
 新書で扱うには壮大すぎるテーマだし、成功しているかどうかもよく分からないし、やはりこの本の弱みでもあるとは思うが、最近読んだ類書の中ではいちばん面白かった。


 攻撃されている翻訳はドイツ哲学・思想だけ。したがって、それが通常の翻訳の体を為していないのは誰の目にも明らかだから、翻訳論としてはごく当たり前のことを主張しているにすぎない。


 私が翻訳者に提案したいのは、カントが取り出した一本の筮竹だけを翻訳対象とするのではなく、カントが潜在的可能性として手にしていた表現の束全体を翻訳対象としてはどうかということだ。(214頁)